ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される


「資源も、人も、情報も。あらゆる“流れ”は天城の管理下にあると言っても過言ではない」
 
 そこでカリンは一度だけ言葉を切った。
 視線を外すことなく、ほんの僅かに首を傾ける。まるで、今の説明が何処まで伝わっているのかを確かめるように。
 沈黙が落ちる。決して長くはないはずなのに、妙に息苦しい。
 先を促されているような気がして、ナギサは無意識に口を開いていた。

「……全部、ってことですか」
「“ほとんど”ね」

 即座に訂正が入るが、その言い方には一切の迷いがなかった。
 否定しているように聞こえて、実質的には肯定に近い。

「完全ではないわ。けれど、そうね……」

 ほんの僅かに視線を逸らし、言葉を選ぶ間があった。

「天城の許可なくして、大規模な流通を成立させることは難しい。それくらいの影響力は持っている、と考えればいいわ」

 曖昧さを残しながらも、結論は変わらない。
 誇張も感情もなく、ただ事実だけを並べているはずなのに、その内容は、あまりにも現実離れしていた。

(……規模が、違いすぎる)

 ようやく理解が追いつき始めたところで、逆に足場が揺らぐ。
 自分が立っている世界と、今聞いている話の世界が、まるで噛み合っていない。
 理解しようとすればするほど、現実味が薄れていく。
 ナギサは一度視線を落とし、それからもう一歩踏み込んだ。

「……じゃあ、その」

 自分の中で考えを整えるため、一拍の間を置く。
 ここまでは、あくまで“世間話”で通せた。けれど、この先は違う。
 踏み込みすぎれば、引き返せなくなる。
 それでも、聞かなければならない気がした。

「朔春さんは、どんな人なんですか」

 ほんの僅かに、場の空気が張り詰めた。
 カリンの表情は変わらない。けれど、何かを測るような沈黙が落ちる。

「天城家のご子息として、非常に優秀な方。判断力、行動力ともに申し分なく、既に実務にも深く関わっているようね」
「若いのに、ですか」
「ええ」

 短い肯定に、誇張はない。
 むしろ、余計な説明を削ぎ落とした分だけ、事実としての重みが増している。

「年齢に見合わぬ成果を出している、と評価されているとよく耳にするわ」
「……そう、なんですね」

 それでも、そう返すしかなかった。
 納得したふりをしながら、胸の奥に残る違和感だけが、静かに広がっていく。
 あの尊大な態度。
 人を見下すような視線。
 それも含めて、朔春という男は“優秀”という言葉に収まるのか。

(……いや)

 違う。
 今のカリンが口にした説明には、“人間性”が一切含まれていない。
 あらかじめ用意していた模範解答を読み上げただけに過ぎない。

「次代を担うに相応しい方かと」

 言葉としては、あまりにも整いすぎていた。
 そこに感情の揺れや、個人としての見解は一切含まれていない。

(……全部、表の話だ)

 世界を動かす側だとか、貧乏人には理解できないだとか。あの時の傲慢な物言いと、今目の前で語られた“模範解答”。
 本来ならば全く違うはずのそれらが、奇妙なほど重なっていく。
 表と裏。
 言い方は違えど、示しているものは同じなのではないか。