ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 ナギサは一度だけ深く息を吸い、心を落ち着かせながら言葉を選ぶ。
 何を聞くかで、全てが決まる。
 そう分かっていながら結局口から出たのは、企みを自ら白状するのと同等の問だった。

「天城家って……どういう家なんですか」

 口から溢れ出した問は、あまりにも直球だった。
 自分でも分かるほどに、曖昧で、逃げた聞き方である。背後にいるのであろうカリンに背を向けたまま、ナギサは両手をぎゅっと握った。

「天城家? どうして、その名が貴方の口から出てくるのかしら」
「……いや、その……」

 予測していなかったわけではないはずなのに、いざ問われると言葉に詰まる。
 下手な理由をつければ、すぐに見抜かれる気がした。

「単純に、気になって」

 考え倦ねた挙げ句、結局は曖昧な答えしか出てこない。
 カリンはそれ以上追及することなく、小さく息を吐いた。

「そう。まあ隠すことでもないし、世間を知ろうとするのはいいことでしょう。天城家というのは、世界規模で物流を掌握している一族のこと」

 淡々とした説明だったけれど、その言葉の一つ一つが想像していたよりも遥かに重い。
 “物流”なんて軽く口にしているが、それはつまり、人も、物も、情報も、世界中を巡るあらゆる流れのことを指している。
 どれか一つでも滞れば、国が傾きかねない。
 そんなものを“掌握している”と、今この人は当たり前のように言ったのだ。

「海運、空輸、陸路。加えて、それらを支える通信インフラまで含め、多くの流通経路を管理しているわ」
「……やっぱり、そうなんですね」

 思わずそう口にした瞬間、しまったと思った。
 納得するには早すぎる反応だったかもしれない。初めて聞いたにしては、理解が早すぎる。
 過去に廊下で遭遇した朔春に突きつけられた言葉が、否応にも脳裏を掠めた。

『白鷺が“金を動かす側”なら、天城は“世界を動かす側”だってことだ』

 軽く受け流したつもりのその一言が、今になって現実味を帯びてくる。
 思わず振り返りそうになったところで、慌てて動きを止めた。
 ここで不自然な動きをすれば、カリンに企みを勘付かれる。そう分かっているのに、鼓動だけがやけに大きくなった。

「その言い方。何か知っているの?」
「いえ、少しだけ……聞いたことがあって」

 脳裏に浮かぶのは、あの男の顔。
 あの時、廊下で突きつけられた言葉。

(朔春さんが、自分で言っていたことと同じだ)

 “白鷺が金を動かす側なら、天城は世界を動かす側”というあの傲慢な物言いは、誇張でも何でもなかったらしい。
 むしろ、今の説明の方がよほど抑えられている。