ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 ここで曖昧に笑って誤魔化せば、きっとカリンはそれ以上踏み込んではこないだろう。
 けれど、それでは何も変わらない。

「少し、聞きたいことがあって」

 どうにか絞り出した声は、自分でも分かるほど頼りなかった。
 ナギサの企みを感じ取ったのか否か、カリンの瞳がほんの僅かに細められる。
 その変化が、“見られている”という実感を強くした。

「聞きたいこと?」

 復唱する声音は穏やかだが、温度は感じられない。
 廊下の空気が、ひやりと冷えた気がした。

「ここで立ち話をする内容かしら?」

 やんわりとした言い方だけれど、選択肢は一つしか提示されていない。
 何を聞こうとしているのか、薄々勘づいているらしい。カリンが向ける視線には、確かな警戒心が滲んでいる。
 ナギサは小さく息を呑み、視線を逸らさずに頷いた。

「他の人には聞かれたくないので、できれば」

 自分で言っておきながら、後には引けない言葉だと理解する。
 一瞬の沈黙が二人の間を埋めた。
 カリンはナギサの顔をじっと見つめたまま、何かを測るように視線を動かす。
 逃げるか、踏み込むか。
 その判断を委ねられているようだった。

「……分かったわ」

 やがて、静かにそう告げたカリンは踵を返す。

「こっち」

 短く言い残し、迷いのない足取りで歩き出した。
 左手に並ぶ大きな窓から差し込んだ光が、カリンの後ろ姿を淡く照らす。
 ついて来られるか、とでも言いたげな背中。
 ナギサは一瞬だけ躊躇い、それでもすぐに後を追った。
 廊下をいくつか曲がり、人の気配が途切れていく中でも会話はない。
 静かな廊下に二人分の足音だけが、やけに大きく響く。
 やがてカリンが足を止めたのは、使用人用の小さな控え室だった。
 扉を開け、中へ入るように促してくる。

「どうぞ」

 促されるままに中へ足を踏み入れた瞬間、背後で静かに扉が閉まった。
 逃げ道を断たれたような感覚に、思わず背筋が伸びる。
 カリンは扉の前に立ったまま、ナギサを見据えた。

「それで」

 閉じた扉を塞ぐようにもたれ掛かったカリンの声が背後から聞こえてきた。

「何を聞きたいの?」

 その一言で、場の主導権が完全にカリンにあることを思い知らされる。
 慎重に問わなければ、返って自分が彼女に丸め込まれてしまう。

(試されてるな)

 さっき廊下で感じた違和感が、確信に変わる。
 ここで何を聞くか。
 どう聞くか。
 それ次第で、自分がどう扱われるかが決まるのだ。