ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 浬には、各々ができることをするということで同盟を結んだ。
 筋を通すなら、ナギサは浬に付くべきである。けれど、イツキに恩が無いわけではない。
 それでも、頭に浮かぶのは、あの時のミアの顔だった。
 籠の中から出たいと、そう言ったあの声。

「お嬢様が望むなら」

 イツキは、それ以上何も言わなかった。
 問いを投げることも、急かすこともなく。ただ、静かに凪冴を見ているだけだった。
 その視線の意味を測りかねたまま、ナギサは小さく息を吐く。

「随分と入り込んでいるな」
「そうですかね」

 肩を竦めて小さく笑ってはみたけれど、掠れた声が出ただけだった。
 見透かされる心を誤魔化すように、視線を逸らす。
 庭の奥。誰もいない空間に逃げるように。
 佐倉家での会話が、頭の中で反芻される。ミアの言葉。あの笑い方。
 ほん一瞬だけ見せた、弱さみたいなもの。
 それを思い出した途端、胸の奥が妙にざわついた。
 言葉にするほどの理由はない。けれど、放っておけない何かがあった。

「寂しい人だなと、そう思っただけです」

 佐倉家の屋敷でのミアの言葉が蘇る。

『私だけはナギサを信じているから』

 あの言葉に彼女がどれだけの想いを込めたのかなんて分かるはずもない。
 それでも、そう言ってくれるミアの傍にいることが役目なのなら、努めようと思った。

「僕なりに、少し動いてみようと思います。何ができるかは、分かりませんけど」
「そうか」

 納得してくれたのかどうなのか曖昧なまま、イツキはくるりと背を向ける。
 無駄のない動きで、そのまま屋敷の方へと歩き出した。
 呼び止める理由など、もう思いつかなかった。
 遠ざかっていく背中を、ただ見送る。

「僕にできること、か」

 執事として、主の望みを優先する。言葉としては、何も間違っていない。
 それでも、胸の奥に残った違和感だけが、消えずにいた。
 白鷺家の人間、そして佐倉家、天城家は、何かを隠している。
 そんな確信めいたものだけが、静かに沈んでいった。
 庭には再び、静かな風の音だけが残る。

「……はあ」

 庭の真ん中で一人でいようと、考えることは山ほどある。
 けれど、今のナギサの立場でできることは限られたいるのが現状。

(まずは――……朔春さんのこと、知らないとな)

 相手を知らなければ、何も始まらない。
 婚約を破断させるにしても、守るにしても。
 そのための一歩として、今やるべきことは一つだった。