「あっそ、勝手にすれば。俺も好きでもない子と結婚なんてさせられたくないし」
頬杖を着いてぼんやりと壁を見ていた浬は、徐ろに顔を上げた。
視線の先には、依然として態勢を崩さずにいるミアがいる。そんなミアを見る目の色が、ほんの少し変わった気がした。
執事ならば、この違和感を感じた瞬間にでも動いていれば良かったのに。
「まあ、でも――……」
ちゃぶ台が間にあるにも関わらず、浬の顔がミアへと一気に近づいた。
伸ばされた手は、ミアの顎先へと――……。
「ミアちゃん可愛いし、その朔春? って奴に取られるってんなら本気で恋人しようかな」
「なっ!?」
色々と聞き捨てならない言葉が聞こえたが、それらは政略結婚を潰すためだと思って飲み込む。
ただ、何をしでかすか分からない手でミアの顎に触れているのは、どうしても無視できなかった。
「何、地味助」
「佐倉君に頼んだのは、“偽装恋人”であって“恋人”じゃない」
「もしかして、ヤキモチ焼いちゃった感じー?」
朔春がミアへと手を上げた時と同じく、ナギサの手は強く浬の右手首を掴んでいた。
相手は同じ大学に通う同級生であり、ミアの見合い相手である。乱暴な真似をするわけにはいかない。
「……んじゃあ、こうしよう」
顎から手を離したのを確認すると、ナギサは浬の右手首から手を離す。
しかし、もう一度座ることはないまま、中腰で二人は見つめ合う。
微笑む浬と睨め付けるナギサ。どちらが有利の位置にいるのかなど一目瞭然だった。
「朔春からミアちゃんを守るために同盟を結ぼうぜ」
「同盟?」
「政略結婚断固拒否同盟だ。無事、朔春との婚約を破断にできた暁には、本気でミアちゃんを奪いに行く」
「ちょっと、勝手なこと言わないで」
「分かった。ただし、僕はお嬢様を奪う気はない。全力で妨害するから、覚悟しておいて」
少し前まで初対面であったはずなのに、何処に惚れる要素があったのかなんて聞かずとも知れている。
白鷺家の令嬢。大女優の母を持つ娘。圧倒的な見目麗しさ。
きっとどれかに目をつけたのだろう。一目惚れと言えば、聞こえだけはいい。
ミアに肩を掴まれて落ち着くよう窘められても、ナギサは浬を睨め付けたまま動こうとしなかった。
「望む所。俺、しばらく大学行かねぇから、作戦練っといてやる」
「僕も大学には行けない。ミアお嬢様の傍には僕がいるよ」
最早、執事とは何なのだろうかと密かに疑問を抱いたナギサであった。



