ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 部屋の中へ外の光が一気に入り込んでくる。
 障子の向こう側に広がる庭を背にして、やけに体格のいい男が立っていた。

『は……?』

 どういう巡り合わせなのか何なのか、こんなことが起きるなんて世界は狭すぎる。

「どうしてこんな所にいやがるんだ、地味助」
「そ、それは僕のセリフだよ」

 ナギサを“地味助”と称して小馬鹿にするのは彼しかいない。
 同じ大学に通っていて、毎度毎度偶然なのか同じ講義を受ける犬猿の仲と言える人物。

「――……佐倉君」

 決して視線は逸らさないまま、相手の流されないように気を張る。
 けれど、その苗字を口にすれば声が震えた。この状況は、完全に理解の範疇を超えていたのだ。

(いやいやいやいや……)

 冷静を装いながらも、思考が追いつかない。
 目の前にいるのは、どう見てもあの佐倉だ。
 講義中に居眠りして、終われば「だりぃ」とか言って、ついでに自分のことを“地味助”と呼んでくる、あの佐倉。
 それが今、堂々とした立ち姿で見合いの席に現れている。

(なんでだよ……!)

 ただの同級だったのではないのか。
 話し掛けるなオーラを出しているにも関わらず近寄ってきて、嫌味と皮肉ばかりの話を聞かせてくる嫌な奴だったのはではないのか。

「……へぇ」

 佐倉はゆっくりと室内を見渡した後、まずミアを見た。
 その視線は一瞬だけ止まる。まるで“品定め”するような、興味の薄い目だった。

「白鷺の令嬢、ね」
 
 軽く呟くその言い方には、敬意も緊張もない。

「どうも」

 対するミアは完璧だった。
 背筋を伸ばし、視線を真っ直ぐ合わせる。最初からそういう人間であるかのように。

「初めまして。白鷺ミアと申します」
「ふーん」

 さして興味もなさそうな曖昧な返事をしながら、佐倉はちゃぶ台を挟んで向かいに腰を下ろした。
 確かに目の前にいるのは嫌いなはずの佐倉であるはずなのに、何処か別人のように感じる。

「俺、佐倉浬(さくらかいり)

 思えば、大学に向かう道で何度も顔を合わせるのに、多大に名前を呼んだことなど一度もなかった。
 何処で聞いたのか分からない佐倉という苗字を呼び続け、向こうは地味助というあだ名で呼ぶ。
 初めて彼の名前を聞いたのは、なんとも偶然が重なった不自然な瞬間だった。

「ほら、あんたも」
「えっ! あ、ええと、笘篠凪冴といいます。ミアお嬢様の執事をしています」
「執事?」

 ナギサの名乗りを聞いた佐倉が僅かに目を細める。
 そして、改めてナギサを見た。上から下まで、ゆっくりと。

「……これが?」
「ええ、正式に雇っている執事よ」

 真っ直ぐと佐倉を見て言うミアの言葉には一切の迷いがない。
 朔春と同じ様に蔑んだ態度ばかりを取られるのは癪に障るからなのだろう。
 ミアその言葉に、凪冴の心臓が強く跳ねた。

「……へぇ。白鷺も面白いことするじゃん」

 肩を揺らしながら笑うその笑い方は、大学で見ていたものと同じなのに何処か違う。