ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 遅れて車を降りたナギサは、すでに門を潜っている二人の後を追いかける。
 時代劇でよく見る重厚な門を潜ると、一瞬にして周囲の空気が変わった。
 肌を刺す静寂。無駄口一つ許さない緊張感。異世界に迷い込んでしまったと錯覚する違和感。

「あの、ここって……」

 屋敷の玄関前に建つ二人の元にようやく追いつき、ナギサは思わず見上げる。
 何故、ミアがこの場所を訪れたのか。何故、ナギサが付いて来る必要があったのか。聞きたいことは山ほどある。
 
(ん……この、表札)

 しかし、それよりも一つ気になるものが目に飛び込んだ。
 昔ながらの引き戸の左上に吊るされた表札である。その表札には達筆な文字で『佐倉』と書かれていた。

「まさかねぇ」
「何一人でブツブツ言っているの。気持ち悪いわよ」
「言い方酷くないですか……」

 さっきから独り言を繰り返していることを自覚しているから、尚更ミアの言葉が刺さる。
 表札に向けていた目をミアへと下ろせば、心底蔑みを含んだ目を向けていた。

「お嬢様、私は車にてお待ちしておりますゆえ。何かあればナギ……私をお呼び下さい」

 今、ナギサと言い掛けて訂正した。
 そんなに頼りないかと反論しそうになるが、実際頼りないのだからぐうの音も出ない。
 こういう時、イツキは容赦ないのだ。

「それじゃあ、さっさと終わらせて帰るわよ」

 次こそ執事らしくミアの前に達、数回引き戸を叩く。

「ごめんくださーい。白鷺家の者ですー」
「……気が抜ける声出して」

 執事らしからぬ気だるい声で中に向かって声を張ると、少ししてから引き戸の奥が騒がしくなった。
 一先ず、屋敷には誰かしら入るのだろう。これで留守だったら無駄足になってしまうから。

「あらあら、お待ちしておりましたよ。すみませんねぇ。突然お呼びしてしまって」
「いえ、私も一度会ってお話をしたいと思っておりましたから」
「そう言ってもらえて嬉しいわぁ。ささ、上がってくださいな」

 この屋敷を訪れ、中に招かれることが始めからプログラミングされていたように、促されるまま屋敷の中へと歩みを進める。
 広い屋敷の中では奥まった位置にある応接間らしき部屋に案内され、ミアの横にナギサは座った。
 
「今、息子を呼んできますから」

 恐らく女将なのだろう。着物がよく似合う人当たりの良さそうな女性が、二つの湯呑みをちゃぶ台に置く。

「優しそうな人ですね」
「あの人はね。問題があるのはこれからここに来る息子の方よ」
「その息子さんってもしかして―――」

 ―――ガラッ!

 ナギサが問おうとしたその時、突然勢いよく障子が開かれた。