「何よそれ」
少ししてから、ミアは呆れたように息を吐いた。
「私だって人間よ。動画くらい見るし、通販だって使うわ」
「つい先日も無駄なクッションを三つ購入されていましたね」
信号が青に変わってアクセルを踏みながら、イツキは皮肉交じりに言う。
バックミラー越しにイツキとミアの視線が交わった。
「無駄じゃないわ。必要だったの!」
「何処に置くのですか」
「部屋に決まってるでしょ」
二人の遣り取りは何処か軽くて、お嬢様と執事という身分の壁を越えているようだった。
(……なんだ)
凪冴は、小さく息を吐く。さっきまで胸の中にあった重たいものが、少しだけ薄れた気がした。
「……ふは」
思わず笑みが零れ、耐えきれずに肩が揺れる。
「何よ」
「いえ、なんか……普通だなって思って」
「は?」
「その、なんていうか……もっとこう、ずっとお嬢様っぽいのかと」
言いながら、自分でも変なことを言っていると思った。
だが、本心であったことは間違いではない。
出会った頃から突き放すような態度は変わらず、あくまでも自分は財閥の一人娘であると態度が見せつけているような。
自分自身をそうやって偽っているように見えていたから。
「……馬鹿じゃないの」
ミアは呆れたように言うけれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
「ずっとあんなのやってられるわけないでしょ」
ぽつりと漏れた本音は、ほんの一瞬のこと。意識していなければ聞き逃してしまうほど、それは小さな声だ。
けれど、ナギサには妙にはっきりと聞こえた。
「……ミア、お嬢様」
半開きになった口から一つも言葉が出ない。
何か返した方がいい気がするのに、上手くまとまらなかった。
頭で返す言葉を考えているその間に、車はさらに街の奥へと進んでいく。
ビル群が増え、通りを行き交う人も多くなる。やがて、再び景色が変わった。
高層ビルが減り、代わりに広い敷地を持つ建物が目立ち始める。
そのどれもが大きく、そして、明らかに“普通”ではない。
「そろそろです」
イツキが短く告げると車がゆっくりと減速して、大きな門の前で完全に停止した。
門の向こうに見えるのは、白鷺家に負けず劣らずの巨大な屋敷。
西洋風の真っ白な白の如き屋敷を持つ白鷺家とは打って変わり、目の前に聳え建つのは武家屋敷を彷彿とさせる和風の屋敷。
「足元、お気をつけて」
「ええ」
窓からそんな屋敷に気を取られているナギサの隣で、イツキは扉を開けてミアを車から出るように促している。
一応は、ミアに仕える執事はナギサ。こういう場面でエスコートすべきはナギサだ。



