ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 部屋を出ていくミアの後を追っていると、気が付いた時には屋敷を出ていた。
 そしていつの間に用意したのか、屋敷の前には運転席が左側にある見たこともない外車が止まっている。ナギサがこの屋敷に来た時に乗ったリムジンではない。

「悪いわね、イツキ。忙しいのにいきなり運転を頼んでしまって」
「お嬢様に言われたのであれば断る理由などありません。旦那様はすでに会社へと向かわれましたし、こちらのことはご心配なさらないでください」

 ベテラン執事らしく、イツキは車の扉を先回って開ける。他愛もない会話をしながらも、ミアは一度も歩みを止めない内に車に乗り込んだ。

「ナギサ。お前も乗れ」
「……はい」
「いや、少し待て。体調でも悪いのか? 執事たるもの体調管理は徹底しなければ───」

 ミアが載る後部座席に乗り込ももうとしたナギサの肩をイツキは掴む。
 けれど、貼り付けた笑みを浮かべたナギサはすぐにその手を振り払った。

「体調は至って万全です。この通り、元気ですから」

 厨房でナオに会った時と同じ様に、イツキの返事を待たぬまま車に乗り込む。
 ナギサがシートベルトをしたことを確認すると、運転席に乗ったイツキは車を発進させる。
 徐々に屋敷が小さくなっていき、あっという間に山道を下って街へと辿り着いた。

「ねぇ、イツキ。帰りはこの間ネットで見たカフェに行きたいわ」
「またインターネットで時間を溶かしたんですか。程々にするよう言ったばかりでしょう」

 お嬢様なのにインターネットを嗜むのかと、思わず口走りそうになった。

「いいじゃない。ネットを見ている間が一番楽なのよ」

 ミアは窓の外を眺めながら、何気ない調子でそう言った。
 流れていく景色が、山の緑から街の色へと変わっていく。

「現実逃避とも言いますがね」
「うるさいわね。分かってるわよ、そのくらい」

 ミアはふん、と小さく鼻を鳴らす。だが、その横顔は何処か気の抜けたものだった。
 屋敷の中で見せていた“完璧な令嬢”の顔ではない。

(……ほんと、全然違うな)

 ナギサは、ぼんやりとそう思う。
 さっきまでベッドの上で笑っていた少女と、今こうして外を眺める彼女。
 どちらも“ミア”なのだろうが、どうしても同一人物とは思えない。

「それで? 何か言いたそうな顔してるわよ、ナギサ」
「えっ」

 図星を指されたことで心臓がどきりと跳ね、思わず背筋が伸びた。

「い、いや別に……」
「嘘ね。分かりやすいのよ、あんた」
「その、えっと……お嬢様が、普通にネット使うんだなって」

 言った瞬間、完全にやらかしたと遅れて後悔が押し寄せてくる。
 そう思い知るのは、赤信号に捕まって車が停車したのと、沈黙が落ちたのが同時に起きたからである。

(あ、終わったかも)

 そう思い慌てて訂正しようとしたのだが。