ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される


「何処に行かれるんですか? ミアお嬢様……」

 またミアの部屋に行けば、少しはこのモヤッとした気分も晴れるだろうかと思っていたのに。

「牛乳、持って来てくれたのね」
「そうじゃなくて……その格好、何処かに行くんですよね」
「折角持って来てもらって悪いけれど、これから見合いがあるの」

 見合いとは、未来の婿になる相手とその両親に会いに行くということか。
 どうしていきなり見合いに行くのだ。そう問う暇もなくミアは部屋を出ていこうとする。
 いつの間にか、ルナは部屋を出て何処かに行ってしまっていた。

「前に大量の手紙を見たでしょう。その中の一人と見合いをすることが決まったのよ。朔春さんにはすでに帰ってもらったわ」
「そんな、いきなり過ぎるでしょう」
「ええ、その通り。でも、今に始まったことじゃないわ。見合いを決めるのはお父様と相手方のご両親。私には拒否権なんてない」
「い、苺ミルクは? 楽しみに、していたじゃないですか」

 何を必死になっているのだろう。
 見合いなんて、有名な財閥の娘ともあれば日常茶飯事。引き止める理由なんて何処にある。

「一生この屋敷に帰って来ないわけじゃないわよ。帰って来てから作ればいいじゃない」

 だから、何を必死になる必要があるのだ。

「笘篠?」

 夏も終わりかけで季節が秋に移ろうとしているけれど、まだまだ気温は高いまま。
 そんな中、ミアはまるで肌を隠すように薄手の上着を羽織っている。
 上着の上から掴んだ腕は、少し力を込めれば折れてしまうのではないかと心配になるくらい、随分と細かった。
 
「……離して?」
「っ、は、離しません」
「離してよ。急がないとお父様に叱られちゃう。あんただってそうでしょう」
「叱られるからなんだ。そんな顔してるのに、見合いになんて行かせたくないですよ」

 離してと言うなら、無理矢理振り解けばいいだけ。
 それなのにそうしないのは、きっとミア自身が生きたくないと思っているから。
 なんて期待してしまうナギサは執事にはなりきれていないままなのだ。
 現に、折れそうだと思いながらも腕を掴む手に力を込めているのだから。

「ナギサ。聞いて」

 まただ。
 不意に下の名前で呼ばれた時、突如として得体のしれない違和感が胸の奥で燻る。
 そして同時に、何処で感じたのか分からない懐かしさが蘇った。

「見合いは白鷺家を存続させるために必要なこと。私の執事なら、黙って付いて来なさい」

 もっと普通の家庭に生まれていたならば、まだ年若いミアは心の底から笑うことができていたのだろうか。

「……申し訳、ございません」
「行くわよ、笘篠。この見合いもきっと破断ね」

 部屋を出る間際に聞こえたその呟きは、聞こえないフリをするだけで精一杯だった。