ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 ゲームセンターで格ゲーをしている時もそう。
 もう少しで勝てると思えばすぐに油断してやられる。次は油断しないと気を引き締めれば、集中力が無くなって負ける。

「おい。お前」

 そう、この時も油断していたのだ。
 ケイゾウに会いに行くから当分は談話室から出てこないだろうと信じていた。
 こんな無駄に広い屋敷の中で、それも無数にある廊下の一つでばったり出くわすなんて、誰が思うことか。

「あ、貴方は……朔春さんですね」
「今の間は何だ。まさか、この俺の名前を思い出す間か? 本気で俺のことを知らねぇってのか、えぇ?」

 一歩二歩近づいてきたかと思えば、ずいっと顔を近づける。
 やけに整った鼻筋とくっきりとした二重が目に入った。憎たらしいほどのイケメン。

「まあ、俺は寛大な心を持っているからな。場違いな貧乏人にも親切にしてやるさ。天城って名を聞いたことくらいあるだろ」
「あ、まぎ……あの天城!?」

 白鷺家に並んで知らぬものはいない有名な財閥。
 その名も『天城グループ』。海運、空輸、陸路、通信インフラ。世界中の物流網の大半は、天城家の管理下にあると言っても過言ではない。
 銀行、投資、為替、資産運用。形のあるものも、ないものも含めて、世界の金の流れが白鷺家の管理下にある。
 とすれば、つまり……。

「白鷺が“金を動かす側”なら、天城は“世界を動かす側”だってことだ」

 朔春が語る話を理解できないのは、ナギサが貧乏人だからという理由だけでは証明できない。
 スケールが大きすぎて、理解が追いつかないのだ。
 
「理解のできない貧乏人に語ったって無駄なだけだがな」

 それだけの財閥の御曹司であれば、ミアの元に訪れるのも必然のこと。
 世界の物流網を管理する天城家には、金を動かす白鷺家との関係が必要不可欠。
 二人の関係性が嫌でも想像できてしまった。

「一つ、良いことを教えておいてやる」
「………っ」
「この場所は、貧乏人のてめぇにゃ耐えられねぇ世界だ。逃げるなら、今の内だぜ」

 最後に耳元をそう唱えると、ナギサが向かっていた方向とは反対に去っていく。
 
「逃げるなら、今の内……」
 
 気付いていなかったわけではない。この屋敷が、この世界が、自分の生きる世界とは違うのだと。

(僕は、どうすればいい。ただイツキさん達の背中を追いかけるべきなのか? それとも、今すぐにでもこの世界から縁を切るべきなのか?)

 ミアに相談すれば良いのか? 貧乏人の自分が執事としてこの屋敷にい続けても許されるのかと。
 イツキに相談すれば良いのか? この贅沢な暮らしに目を晦ますこと無く、忠誠心を抱くことができるのかと。