ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 それから、「長話になるから」と三人分の紅茶を用意し、ナギサはベッド脇に座り込んだ。
 執事として取ってはならない態度だけれど、座るように言ったのはミアである。
 女性二人は椅子に、男のナギサは床に。それはナギサ自身も納得の状態であった。

「いつまで続くか分からない相手に家のことを深く話すわけにはいかないし、表面上のことしか話せないけれど」
「ナギサ君、辞めちゃうのですか……?」

 そんな泣きそうな目を向けないでくれ。
 今のところ、今のところは白鷺家の執事を辞めるつもりはない。と言うか、辞められないと言う方が正しい。
 まだ何も仕事を覚えていないのだ。それなのに辞めてしまうのは、格ゲーで対戦が始まってリタイアすることと同じ。
 負けず嫌いなのだ。ここまで来たら、最後までやってやるというのがモットー。

「辞めませんよ。辞めませんから、ミアお嬢様が話してくださるところまでしか聞きません」

 そう言い切ると、何処か安心したように微笑んだミアは紅茶を啜る。
 小さく息を吐いてから、ぽつりぽつりと語り出した。

「確か、笘篠といったっけ。あんたは、八人目になる私専属の執事なの」
「はい? は、八人目!?」
「そう。八人目」

 流石はお嬢様。優雅な所作で紅茶を啜ると、ふいに窓の外へと視線を投げた。

「一人目は可愛げがないと言って辞めた。二人目は扱いが雑だと言って辞めた。三人目は定年退職。四人目は母のファンだったけど全く会えなくて辞めた。五人目は家の財産目当てだったことがバレてクビ。六人目は暴行事件を起こして刑務所行き。七人目は───」
「あ、もう結構です……」

 もっと違う理由があるものかと思っていた。
 前半はほとんど理不尽な理由、後半は完全に犯罪関係。碌でもない環境であったことは、これ以上聞かずとも察せる。
 
「あんたは、あいつ等と同じにはならないと誓える?」
「え……?」
「あんたは、あいつ等とは違うと証明できる?」

 窓の外に向けていた視線をナギサに向けてミアは言う。
 柔らかく細められた目がやけに寂しげに見えたのは、きっと気の所為ではないだろう。

「……分かりません。今でも執事なんて僕になんか務まらないと思うし、いつまで耐えられるかなんてどうにも」
「そうよね。そりゃそうよ。いきなり連れてこられて、執事になれなんて言われてすぐに受け入れられる人なんていない」
「でも……」
「笘篠?」

 ほんの少しだけ、過去に辞めていったという七人の執事に怒りを感じた。

「もしも僕が執事を辞めて、また同じ様に碌でもない奴等がミアお嬢様の執事になるくらいなら、死ぬまで仕えたいと思います」

 可愛そうだと思ったと言うと、少し違う。
 ただ、向けられる瞳に悲しみが見えて、その悲しみを消してやりたいと思っただけ。
 自分が辞めない限りミアに他の執事がつかないのであれば、ずっと執事を続けてやると半ば意地もあった。