ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 朔春という男の言う通り、ナギサは正式な家系の執事ではない。と言うか、つい昨日まで平凡以下の大学生だったわけで。

「旦那は何を考えてやがる。次から次へとわけの分からねぇ執事ばっかり集めてよぉ」
「……辞めて」

 背後から聞こえたミアの声は、完全に恐怖に震えていた。
 
「その手を離して」
「……ミア。どういうつもりだ」
「離してって言っているの」

 一歩踏み出したミアの腕をカリンが掴む。貴方は前に出てはならないと、その目で訴えかけていた。
 決してカリンの方へは目を向けず、ただ真っ直ぐと朔春を見上げる。

「あー、興醒めだ。旦那に会いに行く」
「カリン。案内をお願い」
「ですが……」
「いいから、お願いね」
「承知、いたしました……」

 朔春様、こちらへどうぞ。
 そうあまりにも沈んだ声で言ったカリンは、朔春とその召使らしき二人を連れて屋敷へと入っていく。
 一気に静かになった玄関先で、ナギサは乱れた襟を直すことを口実に、振り返ろうとはしなかった。
 振り返った先には、きっとまだミアがいるから。

「あんた」

 カリンのように何の情も持たず、淡々と業務を熟せたら楽なのだろう。
 けれど、見た目だけでしか執事になれていないナギサには、何も考えないということが一番難しい。
 
「怪我は?」
「えっ?」
「怪我はしていないかって聞いているの」
「し、してませんけど……」

 どういう風の吹き回しだ。
 自分の執事なんてありえないとか、気安く近づくなとか、そっけない態度ばかりとっていたのに。
 いきなり心配してくるなんて、どう考えてもおかしい。

「なんて顔してるのよ。折角私が心配してあげたってのに、失礼な奴」
「あ、い、いやっ! そんなつもりは……っ!」

 一体どういう顔をしていたのか。
 それすら問わせる暇もなく、くるりと背を向けたミアはそそくさと歩き出してしまう。

「ま、待ってくださいよぉ!」

 無理矢理放り込まれた屋敷には、多種多様の人々がいて。
 ファンタジーでしか見たことのない世界が、そこにはあって。
 自分には自分の暮らしがあるのに、それらを捨ててまでここにいることを望んでしまって。
 ほんの少し、今は執事体験ということにして白鷺家(ここ)にいたい、なんて思ってしまった。