ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 屋敷の玄関口に向かうと、扉の前で立ち止まるミアがいた。
 傍にカリンが近寄るなり肩を震わせて振り返る。彼女が浮かべる表情には、確かな恐怖が滲んでいた。

「か、カリン……っ」
「大丈夫です。ミアお嬢様のお傍には、このカリンがおりますゆえ」

 小刻みに震える方を抱き寄せ、幼い子供を宥めるようにカリンは言う。
 その言葉で少しなりとも安心したらしいミアは、ゆっくりと扉を開けた。

「おう。久々だな、ミア。会いかったぜ」
「……私もよ。朔春(さくはる)さん」

 扉を開けた先にいたのは、いかにも大手財閥の御曹司といえる風貌の男。
 茶色掛かった髪に貼り付けたような笑み、白い肌に長い手足。
 モデルかとも思うスタイルのいい色男がそこにはいた。

「それで、いきなり何の用かしら」
「用がなかったら来ちゃいけねぇのか?」
「……用件を言って」

 ぴりりと空気が張り詰めたのを肌で感じる。
 
「別に、理由があったわけじゃねぇさ。ただ顔を見たかっただけ」
「そう言って、以前は無理矢理───」

 何かがぶつかって弾けるパンッという音が辺りに響き渡った。
 直前まで聞こえていたミアの声はそこで途絶える。

「───何のつもりだ」

 気が付いた時には、朔春とかいう男の振り上げられた左手首を掴んでいた。
 たっぷり数秒を使ってからナギサは状況を理解する。そこから冷や汗が流れ出すのはすぐだった。

「あ、えっと、い、いや……これは」
「離せ」

 掴んでいた左手首を離すと、ほんの少しだけ朔春との距離が開く。
 いつの間にか、ナギサはミアと朔春の間に立ち塞がるようにして立っていた。
 身体が動いたのは無意識のこと。けれど、その理由がないわけではない。

「あ、あの、どなたが存じ上げませんが、お嬢様に乱暴な真似は……しないでください」
「あ?」
「朔春さん、辞めて」

 ミアが何を言おうとしたのかは分からない。けれど、確かに朔春は左手をミアに向かって振り下ろそうとしていた。
 その一連の流れをナギサは見逃さなかったのである。

「ちっ……おい、ミア。何なんだこいつは。見たことのねぇ顔がいると思えば、俺が誰だか知らねぇだと?」

 一歩大きく踏み出した朔春は、次にナギサの胸倉へとその左手を伸ばした。
 そのまま強く掴み上げる。慣れない襟が首に刺さった。

「てめぇ、正式な家系の執事じゃねぇだろ」
「っ……そ、そうですが」
「貧乏人臭さが滲み出てんだよ。意味分かるか? てめぇはこの屋敷に相応しくねぇ」

 いきなり押しかけてきて何を言うんだ。
 そんなことを言うことは決して許されないのだと、ナギサは悔しくも思い知ってしまった。