ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 この屋敷に来てからずっと気になっていたことがある。

「ミアお嬢様ー? 入りますねー?」
 
 それは、屋敷の広さの割に使用人が少ないこと。
 そしてもう一つ、ミアとアキラの母親らしき人物が見当たらないことだ。

「あ、まだ散らばってる」
「何よ。だから、勝手に入るなって言っているでしょ」

 辺りに散乱した他財閥の御曹司達からの恋文を避けながら部屋に入り、ベッド脇の棚の上に小皿を置く。
 相変わらず、ミアは掛け布団にくるまったまま。
 カーテンを閉めているのに電気は点けていない。部屋の中は夜かと思うほどに暗かった。

「苺、好きなんですね」

 特に何の意図を持ってして口にしたわけではない。
 ただ、思ったことを言っただけだった。

「それで、野菜は嫌い」
「……何、何なの」
「いや、なんか昔のことを思い出しちゃって」
「昔のこと?」

 こうして少し気を引くような話を切り出せば、単純なお嬢様はすぐに顔を出す。
 掛け布団から顔を出したミアは、目を見開いてナギサを見つめた。
 好奇心が入り混じる視線を向けられつつ、ナギサは辺りに散らばった手紙を拾い集めていく。

「ミアお嬢様によく似た人を知っているんですよ。もう名前も思い出せないんですけど」

 あれはいつのことだったか。

「確か、僕が九つの時だったかな。今から十年は前のことです」
「え、ちょっと待って。あんた今幾つ?」
「十九ですけど」
「はぁ? まさかの年上ー?」

 何が気に入らないのか、いつの間にか起き上がっていたミアはぷくっと頬を膨らませる。

「僕が年上なの嫌ですか?」
「い、嫌ってわけじゃ……まさか、いやそんなはず」
「ミアお嬢様?」
 
 どうしたのだろう。やけに真剣な顔で考え込んでいる。
 聞いたことのない財閥の御曹司から送られてきた手紙が、するりと手から滑り落ちた。

「ねぇあんた。一つ確認したいことが───」
「ミアお嬢様っ!」

 バンッと激しく音を立てて扉を開けた人物は、今朝方に食堂で見かけた三人目のメイド。
 青髪を顎下で切り揃えたボブヘアーが印象的な、マアサやルナとは真逆の一見冷たそうな女性である。

「カリン? そんなに慌ててどうしたの?」
「それが、あのお方が中庭にてお嬢様をお待ちでございます」
「な……縁談は先延ばしにしたはずでしょうっ!? どうして今になって……っ」

 だらけた空気感が一気に張り詰める。
 ベッドの上から焦った様子で飛び降りたミアは、扉近くのハンガーラックから薄手の上着を剥ぎ取って部屋を飛び出した。
 その後をカリンというメイドが追いかけようとする所を、ナギサは慌てて止めた。

「あ、あのっ。カリンさん? 何事ですか?」
「説明は後っ! 貴方も執事なら付いて来なさい!」

 大した説明もされぬまま、半ば強引に袖を引かれて走り出した。