ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 ケイゾウもイツキも、その他の皆は呼吸すらも忘れて固まる。
 ただ一人、ミアだけは、アキラの話なんて始めから聞こえていなかったとでも言いたげに、黙々と料理を口に運んでいた。
 
(なんだ、この人。家族のこと、普通そんな言い方する?)

 この家系に普通なんてものが通用するのかは定かではないが、それでも同じ食卓を囲む家族を“暴れ馬”なんて言い方をするなど。

「……ご馳走様」
「ミア、お嬢様? 本日はお好きな苺がございますが」
「今は気分じゃない……後で、そこの新人に部屋まで持ってこさせて」
「承知いたしました」

 どうして僕が?
 なんて問う暇も与えぬまま、ミアは席を立つと逃げるように食堂を出て行った。
 再び食堂には静寂が満ちる。
 イツキが淡々と食器の片付けをする音と、ケイゾウとアキラが食事を進める物音が響く。

「僕もそろそろ部屋に戻るよ。ナオ、少し」
「はい」

 ケイゾウよりも先に朝食を食べ終えたらしいアキラは、ナオを連れて食堂を出て行く。
 イツキの主はケイゾウ、ナギサの主はミア、この流れだとナオの主はアキラということになるらしい。
 随分と落ち着いた様子のナオが扉を閉じると、また一つ沈黙が落ちた。

「ナギサ」

 二人が去っていた入口を眺めていると、イツキが苺の入った小皿を持って近寄ってくる。

「これを部屋まで持っていってくれ」
「……分かりました」

 執事であれば、ミアが席を立った瞬間にでも追いかけるべきだったのだろう。
 小皿を受け取る手が震えていたのは、失敗に対する恐怖か何なのか。

「詳しいことは追々説明する。今は兎に角仕事に慣れることだけ考えていろ」

 隣りに立っているマアサには聞こえぬよう、静かに耳打ちをする。
 ナギサはコクコクと無言で頷き、駆け足で食堂を出た。

「マアサ。今朝、庭の薔薇が一輪枯れていた。すまんが、この後手入れに行ってもらえんか」
「ええ、仰せのままに」
「ルナ、カリン。今日はアキラが外回りに行くことになっている。彼の部屋の掃除を頼む」
「は、はひぃぃぃ」
「はい。承知いたしました」

 白鷺家の一日はこうして始まる。
 それぞれにそれぞれの仕える主がいたとしても、皆ケイゾウには逆らえない。
 丁寧にヘタを取った苺にフォークを突き刺して口に運ぶケイゾウの姿を、イツキは静かに見つめていた。