ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 完全に場違いだ。
 執事というのは、いつ何時でも主の傍を離れず、先を読んで行動するもの。
 にも関わらず、今のナギサは三歩後ろをナオ達に教えられてようやく気付ける次元にいる。
 ミアの身の回りの世話全般が仕事だと旦那様は言っていたが、現時点で世話されているのはナギサである。

「いや、イツキが話してないわけがないと思うけど」

 どうして話が行き届いていないんだ?
 と、手袋越しでも分かる長くしなやかな指を顎先に当て、ナオは考え込んだ。

「本日の朝食は――……」

 ゲームセンターから連れ出した時の態度とは似ても似つかない穏やかさで、イツキはケイゾウ達の前に豪華な朝食を並べていった。丁寧にメニューの説明も口にしている。

「ああ、なるほど」
「何がなるほどなんです?」

 一応は先輩執事なのだから、恐らく年下であろうナオにも敬語を使っておく。
 敬語を使われたことに対してか、何かに気付いたことに対してか、口元に笑みを浮かべたナオは、イツキを見たまま言った。

「見て覚えろってことじゃない?」

 吐き捨てられた言葉につられて顔を上げると、ミアの傍に立っていたイツキと目が合った。

『――……一つずつ覚えろ』

 そんなことを言われた気がした。
 実際は口パクを読み取っただけで、彼が本当にそう言ったのかは分からない。
 ただ、そのときの表情がやけに優しかったから、間違いではないと思う。初対面でヤクザだと思ってしまったことが申し訳ない。

「父さん、気になることが一つあるのだけれど、いいかな」
「何かあったか? アキラ」

 昨夜は人影も見ることがなかった眼鏡の男性。アキラと呼ばれた男が向ける視線の先には、壁際で身を縮こまらせるナギサがいる。

「彼は一体、誰なんだい?」

 アキラのカトラリーは八の字で皿の上に置かれている。イツキのテーブルマナー講座で学んだ知恵の内の一つだ。
 そんな食事を止めてまで話を切り出したアキラは、ナギサを異物を見る目で見ている。
 声音や見目は穏やかで人の良さげさが出ているのに、言葉には棘があった。

「……新たに雇った執事だ」
「また増やすのかい? どれだけ呼び込んだとて、最後には出ていかれるのがオチだろう」

 誰かの息を呑む音が聞こえた。
 否、ナギサとアキラ以外の面子がその発言に息を呑んだのだ。
 アキラの視線はナギサからケイゾウへ、ナギサは困惑を隠しきれず辺りをキョロキョロと見渡している。
 そんな中、他の面子は「何を言い出すのだ」とも言いたげに目を見開き冷や汗を浮かべた。

「ミアの暴れ馬具合に耐えられる執事なんていないんだよ。専属なんて以ての外だ」

 感じていた穏やかさなんて消え去る。
 人とは思えない感情が消え去った声が食堂中に響き渡った。