ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 手を洗った後、ルナとは別れて長い廊下を歩く。
 向かうはミアの部屋。今日から本格的に仕えることになるから、まずは朝の挨拶をしに行く。 
 全て、昨夜中のイツキに叩き込まれた入れ知恵だ。

「もう放っておいてっ!!」

 曲がり角を曲がって部屋の扉が見えた時、叫び声と共に部屋からマアサが飛び出してきた。
 声からしてマアサのものではない。部屋の中にいるであろうミアの叫び声だ。
 凪冴は、慌てて廊下で立ち尽くすマアサに駆け寄る。
 廊下の真ん中で立ち止まるマアサは、心配が滲む目を部屋へと向けていた。

「ま、マアサさん」
「……あら、ナギサ君。どうかされた?」
「どうかって、叫び声が聞こえたんで来たんですけど」
「あ、ああ。そうね」

 頬に手を添えて受け答えこそするけれど、その返事は曖昧なもの。
 マアサの意識は、変わらず部屋に向いたままだった。

「ナギサ君。少し、お嬢様のことよろしくね」
「え? あ、マアサさん!? ……行っちゃった」

 お嬢様のことをよろしく? 
 何を託されたのだ。と言うか、さっきの叫び声は一体。

「……み、みみ、ミアお嬢様……? ナギサです」

 コンコンコンとさり気なく扉を叩き、中にいるであろう人物に声を掛ける。
 少し扉の前で待ってみるけれど、一向に部屋の中から返事はなかった。
 さっき物凄い叫び声が聞こえたから、只事ではないはずなのだが。
 
「ミアお嬢様、入りますよ?」

 ミアお嬢様だって……。慣れない。
 イツキ達の真似事をしながら扉を開け、そっと中に足を踏み入れる。

「……え………?」

 中に入るなり、目に飛び込んできた光景が信じられず立ち止まってしまう。
 勝手に扉が閉まってしまい、逃げ道が塞がった。
 どうしよう、どうすればいい。よろしくなんて言われても、こんなことになっているなんて誰も予想できないだろうが。

「これ、手紙……ですか?」

 部屋に入って一番初めに目に飛び込んできたのは、辺りに散乱した大量の手紙だった。
 思わずその場に膝を着いて、その内の一枚を手に取る。

「な、何勝手に入ってきてるのよっ!」
「わあ! す、すみませ……」

 いや、どうして謝る必要がある。
 一応は、今日から執事として働くのだから、主の部屋に入るのは当たり前のことだろう。
 声が聞こえて顔を上げると、自分のものとは比べ物にならない広大な部屋の端あるベッドの上で、ミアが蹲っていた。
 向ける視線は、敵に怯える小動物さながらの恐怖が滲んでいる。