ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 凪冴の主張は、裏を返せば「自分は凡人なので執事なんて務まりません」と言っているようなもの。
 今ならまだ元の平凡な日常に戻れる。そんな期待があった。

「……これは、ここだけの秘密にしろ」
「え?」

 消え入るような声で言ったイツキは、徐ろに立ち上がり凪冴に近づく。
 目の前まで来たかと思うと、そっと耳打ちした。

「───……はあ!?」

 待て待て待て待て!
 この男は一体何を言い出すんだ。なんで自分に言う。なんで今?
 ありとあらゆる疑問が一心に詰まった叫び声を上げると、イツキは眉間に皺を寄せて顔を離した。

「白鷺家は、四方八方から外敵に狙われている。時に、内部に侵入し、機密情報を持ち出そうと企む輩がいるのだ。我々執事は、白鷺家の皆様の世話をすると共に、そういった外敵から守る護衛も担う」
「は、はあ………」
「お前も執事になるのであれば、任務の一つや二つ熟せばならん」
 
 意味が分からない。もう、何が何だか……。
 ぽかんと口を開けて固まる凪冴を見たイツキは、ぽんと肩に手を置いた。

「旦那様が見初められたのだ。俺は、お前が一人前の執事になれるよう支えるつもりでいるさ」
「い、イツキさ………」

 ───ドタドタドタドタ!!
 バン───!!

「新人君は何処かしらぁ!?」
「ぎゃああああああ!」

 今、真剣な空気になっていましたよね。
 知らない方がいいけど、知っておかないといけない重要なことを聞かされていましたよね。
 ここって、空気の読めない人しかいないんですか。どうなんですか、イツキさん。

「ちょっとー、マアサさん? お待ちかねの新人君が泡吹いてますー」
「あらあらあらー。話で聞いていたよりもずっと可愛らしい子じゃないのー!」

 廊下から差し込む光を背に、大きなスカートが特徴的なシルエットがいる。
 突然の物音に飛び出していた意識を取り戻した凪冴は、慌てて部屋に入ってきたメイド服姿の女性に向き直った。

「あ、貴方が……?」
「お噂はかねがね。メイド長のマアサですわ」
「凪冴です」
「ナギサ君。名前も可愛い!」

 抱き締めたくなっちゃうわ。
 とか何とか言いながら近づいてきたかと思えば、その豊満な胸元に凪冴の顔を押し付けて抱いた。

「うぐっ」

 こうなることを端から分かっていたのか、イツキとナオは部屋の端に移動して額を抑えている。
 ちゃっかり逃げている辺り、二人ともずる賢い一面があるようである。
 バシバシとマアサの背を叩きながらイツキ達に助けを求めるが、凪冴の助けは空を切るだけ。