ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 全く真逆の属性であるイツキとナオが頼ろうとするのだから、それだけできる人なのかもしれない。

「マアサか……。確かに、彼女であれば髪を切るくらいできそうではあるが」
「んもう、なんか迷うことなんてある?」
「彼女を信用していないわけではなく、こいつに会わせるのが……どうしてもな」
「……ああ、メイド長ってナギサみたいなオドオドした奴ほど世話焼きたがるもんね」

 何だか、聞き捨てならない話が聞こえた気がするのだが。
 姿見の前で身を縮こまらせる凪冴の方へ、イツキとナオの視線が同時に向いた。

「ナギサ。これも、お嬢様に仕える執事としてあるべき姿だ」
「はい?」
「俺、メイド長呼んでくるー!」
「あ、ちょっ!」

 バタバタと執事として相応しくない足音を立てながら、ナオは凪冴の制止も聞かずに部屋を出ていく。
 再びイツキと二人きりの時間が生まれて、気まずい空気になった。

「ナギサ」
「……な、何ですか?」

 狭い部屋にしては大きすぎるベッドに腰掛けたイツキが、やけに真剣な目で凪冴を見た。
 
「お前、この家がどういったものか分かっているか?」
「え?」

 この家というと、ケイゾウが白鷺家当主だと言っていた。見るからに名のある名家であることは間違いない。
 しかし、凪冴はその程度の予想しかできなかった。

「名前くらいは聞いたことあるだろう。お金に頼っている時、まず頼るべきは?」
「“白鷺財閥”………あ!」

 街中の電化製品売り場のテレビで流れるコマーシャルが脳内再生された。
 世界中の金融を牛耳る大企業。何処の仲介会社も、元を辿れば必ず白鷺財閥に繋がるほどの大きさを誇っている。
 その財閥名と旦那様が口にした苗字が一致する。
 山奥にある大豪邸、複数の執事とメイド、見目麗しい娘、それらが点と点で繋がった。

「総資産、三京円超え」
「さ、さささ三京!? 一、十、百、千、万……。京!!!!!?????」
「うるさい。お前、見た目の割に騒がしい奴だな」
「逆に、なんでそんな落ち着いてるんです? もうファンタジーじゃないですか。何処の異世界? アニメ?」

 こんなの現実ではない。ファンタジーだ。漫画、アニメ。そういった次元の話だ。

「僕、もしかしてやばい所に来ちゃいました?」
「そうだな。お前はもう逃げられないだろう」

 そんな……。最早続ける言葉の一つも見つからない。
 執事になることが嫌だとか、ほとんど監禁と変わらない生活を強いられたくないとか、そういったことではなくて。
 
「なんで、そんな大企業の屋敷に僕は連れて来られたんですか? 執事って、そういった家系の生まれだったり教育を受けてきた人がなるもんだって相場は決まってるはず」
「どんな相場だ」
「僕はただの大学生ですよ? 好きなことと言えば、一人でゲーセンに行くことくらいで」
「知ってる」
「人の世話どころか、人と関わることが何よりも苦手なのに……」

 執事素人。究極のコミュ障。一人暮らしをしているけどまともに家事ができない。
 そんな人間が、由緒正しき名家の娘の執事なんて務まるはずがないだろう。