ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 凪冴は呆然としたまま、何も言えない。

「何か質問は?」

 そう言われて、一瞬だけ口を開き掛けた。
 言いたいことは山ほどある。何故自分なのか。拒否権はないのか。そもそもどうやってここに連れてきたのか。
 だが、ケイゾウの視線を真正面から受けた瞬間、それらの言葉は喉の奥で消えた。
 聞いたところで、どうにもならない。そんな確信めいたものがあった。

「……いえ」

 結局、出てきたのはそれだけだった。
 聞きたいことは山ほどある、言いたいことは山ほどある。けれど、それらを聞いてしまって良いのかが分からない。
 ならば、下手な態度を取るよりも、この状況を早く終わらせることのほうが先決。

「結構」

 凪冴の返事に満足気に頷いたケイゾウは、傍らに立っている娘へと一瞥を送り、

「では、あとは任せる」

 それだけ言い残して踵を返した。重厚な扉の向こうへと、静かに消えていく。
 やがて、中には三人が取り残された。
 広い中庭に、僅かな風が吹き抜けていく。
 凪冴は、ぎこちなく視線を動かして辺りを見渡す。限られた時間でえ状況把握を試みるのは、格ゲーで培った知恵だ。
 まず目に入るのは、すぐ隣に立つイツキ。相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。
 そして、もう一人。
 玄関扉の前で突っ立ったまま、無表情の娘。
 先ほどと変わらず、静かにこちらを見ている。距離はそう遠くないはずなのに、その存在は妙に遠く感じられた。
 何か言わなければ、と思う。だが、言葉が出てこない。

(……まじで、執事やる流れなんだこれ)

 ようやく、現実がじわじわと染み込んでくる。逃げ場は、もう何処にもなさそうだった。

「ナギサ。お嬢様に挨拶を」
「え、ええ?」

 グイグイと無理矢理背中を押され、間にあった噴水を避けて屋敷へと近づく。
 抵抗したつもりなのに、あっさりとイツキに背中を押されるまま娘の前まで来てしまった。
 鞄を前で抱えたまま、見上げる娘と目を合わせる。互いに無言のままだ。

「あんたが私の執事? 有り得ないんだけど」

 初めて聞いた娘の声は、凛としていながら幼さの残る可愛らしいもの。
 それなのに、発された言葉は諸刃の剣の如く突き刺さった。

「ミアお嬢様。お口が過ぎます」
「何? イツキまで、こんないかにも頼りなさそうな奴を本気で執事にする気?」
「私は旦那様より受けた命に従ったまでです」

 旦那様に逆らえないのであれば、その娘にも逆らえないものらしい。
 その割にイツキの言動は、執事と言うよりも母親というのがふさわしい気がした。