ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 少女は無言でこちらを見ているだけ。男性もまた、混乱を当然のものとして受け流しているようだった。

「話は順に説明しよう」

 穏やかな声で、しかし有無を言わせない調子で言う。

「まずは自己紹介からだ。私は白鷺家当主、ケイゾウと言う」

 その名乗りは、初めから用意していたカンペをの読んでいるのかと思うほど、あまりにも自然だった。
 白鷺家。
 何処かで聞いたことがあるような、ないような。しかし、その響きには確かな“重さ”があった。
 ケイゾウは僅かに視線を横へと動かし、傍らに控える無表情の少女を見る。

「そして、こちらが娘のミアだ」

 その言葉に合わせて、少女が一歩前に出る。
 反射的に姿勢を正した。
 彼女は、無言のままこちらを見ている。その瞳は静かで、感情の色をほとんど感じさせない。
 先ほどまで感じていた“人を寄せ付けない空気”が、よりはっきりと伝わってくる。

(この人が……娘……?)

 頭の中で、先ほどの言葉がゆっくりと結びついていく。
 だが、納得などできるはずもない。

「さて、次は君の番だ」
「……え?」
「名を、聞かせてもらおうか」

 逃げ場のない問いだった。状況を理解する暇さえ与えられない。
 それでも、ここで黙るわけにはいかない気がした。
 小さく息を吸い、ぎこちなく口を開く。

「……と、笘篠凪冴(とましのなぎさ)……です」

 名乗った瞬間、自分がこの場にいる現実が、妙に重く伸し掛かってきた。
 何がどうなっているのか、まるで分からないままに。

「ナギサ君」

 名前を確認するように繰り返すと、旦那様はそのまま淡々と続けた。

「これからのことについて、簡単に説明しておこう」

 その声音は穏やかだが、態度は変わらず一方的なもの。
 こちらのことなんてまるで気にせず、淡々と一方的に話す。

「君には本日より、この屋敷で住み込みの執事として働いてもらう。主な任務は、ミアの身の回りの世話全般だ」
「いや、あの――……」

 思わず口を挟むが、ケイゾウはそれを軽く手で制した。

「もちろん、現時点での君にその能力があるとは思っていない」

 さらりと言い切られて、凪冴の口が止まる。
 否定できないのが、余計に悔しかった。

「そこでだ。教育係として、イツキをつける。彼が一通り叩き込むだろう」
「……はあ……」

 理解が追いつかないまま、曖昧な返事が漏れる。

「期間は未定だが、最低限の水準に達するまではこの屋敷に滞在してもらう。生活面については心配はいらない。全てこちらで用意する」

 “滞在”という言葉に、微妙な違和感を覚えた。
 ここに滞在するということは、この屋敷に住むということで。
 そうなれば家に帰られなくなるわけで、大学に通う必要がなくなるわけで。

(これ、帰れるのか……?)

 そんな不安が頭を過るが、それを口に出す前に。

「――……以上だ」

 あまりにもあっさりと話は終わってしまった。