ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 アキラ専属執事のナオ、メイドのカリンは少なからずアキラに忠義を誓っている。
 二人の忠義が何処までのなのかは知る由もないが、己が使える主が極悪人だと知れば二人はどうなってしまうのだろう。
 ルナの掠れた問いかけに、空き部屋の重苦しい静寂がさらに一段と深まった。

『……どうだろうね』

 端末の向こうで、浬がキーボードを叩く音を小さく響かせながら答える。

『情報を見る限り、過去の事件そのものの隠蔽工作には、その二人は何も関わってない。当時はまだ、二人とも白鷺の戦闘用・実用駒としてアキラの元に配属される前だから。ただ――現状の天城家との「橋渡し」や口封じの雑務には、あの二人の手も使われてる。主の命令に疑問を持たないように“調教”されてきた奴らだ。何処まで本質を知っているかは怪しい』
「そんなの……」

 ミアが青ざめた唇を震わせ、声を絞り出す。

「そんなの、あんまりだわ。あの二人は、ただ兄様の『専属』として、完璧に役目を果たそうとしているだけなのに。もし、兄様の本当の姿を知ってしまったら……」

 ナギサは、地下駐車場で自分の前に立ちはだかり、素手でナイフを掴んで見せたナオの背中を思い出していた。
 いつも飄々としていて掴みどころがないが、あれは紛れもない、主を守り通すための「強者の佇まい」だった。
 アキラの影として冷徹に控えるカリンだってそうだ。
 あの二人の持つ純粋で絶対的な「忠義」。
 それが、人身売買や売春を平然と行う極悪人の保身のためだけに、都合よく消費され、使い捨てられようとしている。

(他人事じゃない……)

 ナギサの脳裏に、格ゲーで使い古した屈強な男キャラ達の姿が一瞬だけ過った。
 どれだけボロボロになろうが、プレイヤーの理不尽なレバー入力一つで命を削り、盾となり、殴り込みにいく画面の向こうの戦士達。
 今のナオとカリンは、まさにそれだ。狂ったプレイヤー(アキラ)にレバーを握られ、コマンドを入力されるがまま、自分達が泥沼に飛び込んでいることすら気づかずに戦わされている。

(もしこのまま作戦を進めて、アキラ様の罪を白日の下に晒したら……真っ先に『盾』にされて、全ての泥を被せられて社会的に、いや物理的に消されるのは、前線にいるあの二人だ)

 アキラのような男なら、トカゲの尻尾切りなど呼吸をするよりも容易く行うに違いない。
 信じて仕えてきた相手に、最後の最後で最も汚いやり方で裏切られ、身代わりにされる――その絶望は、想像するだけで胸が焼けつくようだった。

「救い出さないと……」

 ナギサは無意識に、右手の包帯を強く握り締めながら呟いていた。

「え?」

 ミアとルナが、驚いたようにナギサを見る。ナギサはスマートフォンの画面を真っ直ぐに見据え、低く、けれどハッキリとした声で続けた。

「天城家をハメるのも、アキラ様を引き摺り下ろすのも、全部やります。でも、ナオ君とカリンさんを巻き添えにして終わりなんて、そんな結末(エンディング)は絶対に認めない。あの二人を、アキラ様のコントロールから引き剥がして、こっち側に救い出す。……それも、この作戦の絶対条件にさせてください」

 ナギサの言葉に、ルナがほんの少しだけ目を見張り、それから深く、深く頭を下げた。
 ミアもまた、ナギサの横顔を見つめながら、誇らしげに、けれど切なそうに小さく微笑む。