ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 浬の言葉から、部屋の空気が一気に重く、張り詰めたものへと変質していく。

『……白鷺アキラが、必死に天城を使って隠そうとしている泥沼。その中身を少し覗いたんだけどさ』

 スピーカーの向こうで、いつも軽快な浬が、初めて明確な嫌悪感を露わにして息を吐き出した。

『胸糞悪すぎて吐き気がしたわ。――かつてあった「しろさぎ孤児院」。あれ、創設したケイゾウのじいさんと、今は行方不明のミアちゃんのお母さんは、本当に純粋な善意で運営してたんだよ。身寄りのない子供たちを助けたいっていう、ただそれだけの理由でね』

 ミアが、ハッと息を呑む。ナギサも静かに拳を握り込んだ。

『だけど、その聖域を内側から徹底的に腐らせた奴がいる。……アキラだよ。あの男、若い頃にその孤児院を利用して、裏でとんでもない資金源を作ってた。施設にいる幼い子供達の人身売買、さらには売春の斡旋……人として最悪な、最低の犯罪を繰り返してたんだ』
「な……っ!?」

 ミアの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
 あまりの悍ましさに、ナギサの脳内でも一瞬、思考が真っ白に染まった。
 人身売買。売春。
 子供達を実験台にしていた白鷺の闇というだけでも悍ましいのに、その実態は、実の兄が己の私欲と歪んだ快楽のために、無抵抗な子供達を地獄へ叩き落としていたという事実だった。

『それが当時の大人達に露呈しそうになって、孤児院は「とある事件」という形で強引に潰された。アキラはその己の罪を全て闇に葬るために、世界中の流通と裏の「処理」に長けた天城家と手を組んだんだよ。……そう、最初から全部アキラなんだ。孤児院が壊れたのも、自分の過去の罪を揉み消したのも、そして今、ミアちゃんと朔春の婚約を強引に進めているのも。天城に秘密を握られているから不本意ながら従っているんじゃなくて、自分の保身のために、実の妹を天城家に差し出すことで口封じの契約を完了させようとしてる』

 部屋の中に、死のような沈黙が落ちる。
 ルナの幼さが残る顔が、怒りと侮蔑で微かに歪んでいた。ミアは、あまりの衝撃にガタガタと身体を震わせ、自分の腕を強く抱きしめている。

(……ふざけんなよ)

 ナギサの胸の奥から、ドス黒い怒りが激しく沸き上がってきた。
 自分の失われた過去。何度罰せられても消えなかったあの白い部屋の恐怖。それらは全て、アキラという男が犯した最悪な大罪の「副産物」に過ぎなかったのだ。
 アキラのガードは、もう崩れかけているのではない。
 自分の過去が暴かれるのを恐れ、狂気的な焦りで、今まさに最大の暴れ(攻撃)を仕掛けようとしている状態だ。

「佐倉君。……その情報、アキラ様を完全に引き摺り下ろすだけの決定打になる?」

 ナギサは極めて低い、けれど芯の通った声で端末に問いかけた。

『なる。俺のハッキングを舐めなんなよ。いつでもアキラの首を切り落とせる準備はできてる。……あとは、お前達があいつの焦りをどう誘い出すか、だ』

 これだけの大罪を犯していたとなれば、公になっていても可笑しくはない。
 にも関わらず、今になってナギサ達が知ったのは、確かにアキラ本人が己の罪を闇に葬ったから。
 白鷺の人間でも、彼の罪を知っているものは数少ない。

「ナオ君とカリンちゃんは知っているのでしょうか……」

 不安げなルナの声に、ナギサとミアは顔を見合わせた。