ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 緊迫した情勢の裏側で、その作戦会議は驚くほどに緩い空気で進んでいた。
 白鷺家の広大な屋敷の一角にある、普段は使われていない空き部屋。そこにミア、ナギサ、そしてメイドのルナの三人が集まり、ナギサのスマートフォンのスピーカーから流れる声に耳を傾けていた。

『――いやあ、調べれば調べるほど出てくるんだわ。白鷺家が過去にやらかしたことがさ』

 端末の向こうから聞こえるのは、世界中の情報を牛耳る佐倉家の次期当主、浬の軽快な声だ。
 やっていることは国家をも揺るがしかねない超高度なサイバー工作なのだが、彼の口調は友達に悪戯の成果を報告するかのようだった。

『ストレートに言っちゃえば、天城家は過去に白鷺家を陥れている。んでもって、それ意外にも天城家は色々とやらしてるっぽい』
「それ以外って……?」
『天城朔春。あいつが結構やらかしてるみたいだねぇ。浮気とか、詐欺とか、まあ人として死んでると言うか』

 聞けば聞くほど、天城朔春という男の評価が下がっていく。
 自分の立場を守るために傲慢な態度を取っていたのかと思えばまだ納得できたが、こればかりは人間性を疑う。
 端末越しに三人の顔が曇るのを察したらしい浬が、やけに明るい声音で言った。

『ってなわけで、こっちはこっちで天城家をちょっと分からせるために手を加えさせてもらった。家は情報を司る一家だから、向こうの過去の罪なんて簡単に世に出せる。これで奴らの流通網は文字通り大渋滞。どれだけ傲慢な朔春でも、そろそろ冷や汗かいてる頃じゃない?』
「流石、手際が良いね」
『俺だって暇じゃねーの。個人的にも朔春って奴は気に入らねぇし、気になることもあっからさ。人助けってことでチャラでいいよ』
「ほんと、ありがとう。佐倉君がいると心強いよ」

 端末の向こうから軽い笑い声が聞こえる。表情を引き攣らせていたミアもルナも、少し安心した様子だった。

『でも、問題がまだあんだよね』
「問題って何よ」

 不穏な空気が流れ初めたのを察知したルナが見を縮こまらせる。
 浬の声音が一段落ち、彼もまた何処か不安げに続けた。

『ここからが本番だからね? 外堀を埋められた天城家が暴れるのは想定内だけど、問題はそっちの家の中』

 それは、本当の脅威は別に存在するということ。

『これだけ派手に天城を叩くと、白鷺家の中でも「不都合」が起きる奴がいる。……特に、ミアちゃんのお兄さん。あのアキラって人、そろそろ限界なんじゃない?』
「兄様が……?」

 ミアが眉を顰める。
 ナギサは、イツキの部屋で聞かされた話を思い出し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 アキラがかつて『しろさぎ孤児院』の事件を揉み消し、その過去を隠蔽するためにこの婚約を裏で操っている。その本質を、現場を見ていないはずの浬も、情報網だけで察知しつつあるのだ。

(天城を潰されたら、自分が隠したい泥沼まで世間に露出する。……アキラ様は今、完全に追い詰められてる状態だ)

 ナギサは口元を僅かに引き締めた。脳内では、ガードが崩れかけて必死に暴れようとしているアキラの「隙」をどう突くか、静かに計算が始まっている。