ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 イツキの言葉に、ナギサは静かに息を呑む。
 自分が盤上の重要な(パーツ)であることは理解した。だが、自分が操られる側であると考えた時、歯車が噛み合っていないことに気づく。

(待てよ。だとしたら、白鷺家側の動きが少しおかしくないか……?)

 ナギサは頭の中で、この婚約を巡る勢力図を急速に組み立て直す。
 現状、婚約を【破棄】させようとしているのは、目の前のイツキ、当事者であるミア、偽装恋人作戦に協力してくれた浬、そして現場を動く自分。
 ルナやカリン、マアサ、そしてあの地下駐車場で自分を救い出したナオといった他の使用人達は、基本的に中立。ただ、それぞれが直接仕える主の命令に従って、結果的にどちらかのサイドに自然と肩入れする形になっている。
 対して、婚約を【推進】しているのは、白鷺家のトップであるケイゾウ。そして、ミアの兄である、白鷺アキラ。

「イツキさん。天城家がそのデータを狙っていて、白鷺の上層部がそれを拒めないのだとしたら……ケイゾウ様とアキラ様の動きには、少しズレがありませんか?」

 ナギサの指摘に、イツキが僅かに眉を動かした。

「ズレ、とは?」
「ケイゾウ様は、白鷺家のさらなる繁栄と、天城家との強固な結びつきを作るためにこの婚約を推し進めている。白鷺のトップとして、利権を拡大させるための純粋な『攻めの選択()』に見えます。……でも、アキラ様は違う」

 ナギサは、かつて屋敷で見かけたミアの兄・アキラの、何処か焦燥を孕んだ冷徹な佇まいを思い出していた。

「アキラ様の動きは、白鷺を大きくするためじゃない。何かを『隠そう』としている……いや、過去の何かを強引に揉み消すために、天城家の力を借りようとしているように見えるんです」

 それは、ガードを固めながら必死にバックステップを踏んでいるような、明らかな『守りの焦り』。

「ほう……。よく見ているな」

 凝り固まっていると思われていた表情筋を綻ばせ、ふっと笑う。
 それは、ナギサの分析が「正解」であると告げる執事の笑みだった。

「その通りだ、ナギサ。当主であるケイゾウ様は、かつて天城に握られた弱みを『婚姻による同盟』という形で相殺し、さらなる利権の拡大を狙っている。だが――長男であるアキラ様にとって、あの『しろさぎ孤児院』の事件は、何が何でも世に露呈させてはならない、彼自身の致命的な汚点だ」
「アキラ様自身の、汚点……?」
「そうだ。かつてあの孤児院を崩壊に導き、天城家に処理をさせる原因を作った張本人。それこそが、若き日のアキラ様だ。彼は自分の過去の失態を、妹であるミアお嬢様を天城家に差し出すことで、永遠に闇に葬ろうとしている」

 ナギサが執事と雇われてから初めての朝食の場で、アキラは異様にミアに対してきつく当たっていた。
 到底血の繋がった兄妹には見えない。それは、見た目が似ていないということと、二人の距離感から感じられた。