ミアの部屋を出たナギサは、重い足取りでイツキの執事室へと向かっていた。
(いや、本当にどう言い訳すればいいんだこれ……。完全に対空を読み落とされてハメられただけなんです、なんて言っても通用するわけないしな……)
考えれば考えるほど、胃の辺りがキリキリと痛む。
覚悟を決めてドアをノックし、「失礼します」と部屋に入った。これから始まるであろう、先輩執事からの容赦のないお説教にナギサは精一杯身構える。
「――そこに座れ、ナギサ」
部屋の奥、デスクの後ろにいたイツキは、怒る風でもなく静かにそう言った。その表情はいつになく険しく、室内の空気は「お説教」というよりは、まるで重要な作戦会議の直前のような、張り詰めた緊張感に満ちている。
ナギサは促されるまま、デスクの前の椅子に腰掛けた。
「あの、イツキさん。さっきの件ですけど、あれは本当にお嬢様が急に――」
「その話はもういい」
イツキはナギサの弁明をあっさりと遮った。
「それよりも、本題に入ろう。……以前、俺がお前に下した極秘任務についてだ」
イツキの目が、冷徹な光を帯びる。
ナギサの背筋が、別の意味でピンと伸びた。
「『ミアお嬢様の婚約を破棄させろ』…って任務ですね」
「そうだ」
世界中の金融を牛耳る白鷺家と、世界中の流通網を牛耳る天城家。その長男である朔春とミアの政略結婚を阻止するため、ナギサは動いた。
浬の協力を得て、浬が天城家へ「ミアにはすでに恋人がいる」という偽の情報を流し、ナギサがお嬢様の『偽装恋人』となって天城家を誘き出す――という、綱渡りのような作戦を決行したのだ。
結果として、誘き出された天城家の使者を捕まえることには成功した。だが、そこでナギサがその使者の口から聞かされたのは、あまりにも重すぎる白鷺家の過去だった。
かつて存在した『しろさぎ孤児院』は、とある事件によってこの世から完全に消滅した、という事実。
そして、ナギサ自身の失われた幼少期の記憶が、その孤児院と深く繋がっているという不穏な確信。
「天城家の使者を捕らえた際、お前は白鷺家の過去の片鱗に触れたな。……あの孤児院で、かつて何が行われていたか」
イツキは組んだ両手の上に顎を乗せ、ナギサを真っ直ぐに見据えた。
「ナギサ。お前は、俺が何故白鷺家の意志に反してまで、お嬢様と天城家の婚約を破断させようとしていると思う?」
これまでは、ただ「お嬢様の自由のため」あるいは「他家に白鷺の利権を渡さないため」だと思っていた。だが、自分自身の過去の記憶、そして孤児院を巡る不穏な事件の全貌が見えつつある今、その理由はもっと深く、血生臭い場所にあるのではないかという予感がしている。
「……天城家と結ばれることが、お嬢様にとって『本当の破滅』に繋がるから、ですか?」
ナギサの問いに、イツキはゆっくりと深く頷いた。
「そうだ。天城朔春との婚姻は、単なる利権の結びつきではない。奴らの目的は、かつてあの孤児院で消え去ったはずの『悪夢の続き』を、ミアお嬢様を利用して再び始めることにある」
(いや、本当にどう言い訳すればいいんだこれ……。完全に対空を読み落とされてハメられただけなんです、なんて言っても通用するわけないしな……)
考えれば考えるほど、胃の辺りがキリキリと痛む。
覚悟を決めてドアをノックし、「失礼します」と部屋に入った。これから始まるであろう、先輩執事からの容赦のないお説教にナギサは精一杯身構える。
「――そこに座れ、ナギサ」
部屋の奥、デスクの後ろにいたイツキは、怒る風でもなく静かにそう言った。その表情はいつになく険しく、室内の空気は「お説教」というよりは、まるで重要な作戦会議の直前のような、張り詰めた緊張感に満ちている。
ナギサは促されるまま、デスクの前の椅子に腰掛けた。
「あの、イツキさん。さっきの件ですけど、あれは本当にお嬢様が急に――」
「その話はもういい」
イツキはナギサの弁明をあっさりと遮った。
「それよりも、本題に入ろう。……以前、俺がお前に下した極秘任務についてだ」
イツキの目が、冷徹な光を帯びる。
ナギサの背筋が、別の意味でピンと伸びた。
「『ミアお嬢様の婚約を破棄させろ』…って任務ですね」
「そうだ」
世界中の金融を牛耳る白鷺家と、世界中の流通網を牛耳る天城家。その長男である朔春とミアの政略結婚を阻止するため、ナギサは動いた。
浬の協力を得て、浬が天城家へ「ミアにはすでに恋人がいる」という偽の情報を流し、ナギサがお嬢様の『偽装恋人』となって天城家を誘き出す――という、綱渡りのような作戦を決行したのだ。
結果として、誘き出された天城家の使者を捕まえることには成功した。だが、そこでナギサがその使者の口から聞かされたのは、あまりにも重すぎる白鷺家の過去だった。
かつて存在した『しろさぎ孤児院』は、とある事件によってこの世から完全に消滅した、という事実。
そして、ナギサ自身の失われた幼少期の記憶が、その孤児院と深く繋がっているという不穏な確信。
「天城家の使者を捕らえた際、お前は白鷺家の過去の片鱗に触れたな。……あの孤児院で、かつて何が行われていたか」
イツキは組んだ両手の上に顎を乗せ、ナギサを真っ直ぐに見据えた。
「ナギサ。お前は、俺が何故白鷺家の意志に反してまで、お嬢様と天城家の婚約を破断させようとしていると思う?」
これまでは、ただ「お嬢様の自由のため」あるいは「他家に白鷺の利権を渡さないため」だと思っていた。だが、自分自身の過去の記憶、そして孤児院を巡る不穏な事件の全貌が見えつつある今、その理由はもっと深く、血生臭い場所にあるのではないかという予感がしている。
「……天城家と結ばれることが、お嬢様にとって『本当の破滅』に繋がるから、ですか?」
ナギサの問いに、イツキはゆっくりと深く頷いた。
「そうだ。天城朔春との婚姻は、単なる利権の結びつきではない。奴らの目的は、かつてあの孤児院で消え去ったはずの『悪夢の続き』を、ミアお嬢様を利用して再び始めることにある」



