言葉には出さなかった。だが、白鷺家の財力と権力、そして『しろさぎ孤児院』の異常性を鑑みれば、一人の子供の記憶を弄ることなど容易いのではないかという疑念が、急速に膨らんでいく。
ナギサの視線が、自然と自分の両手に落ちる。
普通の大学生として生きてきたはずだった。人より少し我慢強くて、どんな理不尽にも感情を乱さない。そんな自分の「長所」だと思っていた性質が、全てあの白い部屋で削り出されたものだとしたら。
(そういうことか……)
知ってはならないことを知ってしまった恐怖で指先が冷たくなっていく。
白鷺の闇。その実験台として消費され、記憶を消されて捨てられた「出来損ない」。それが自分なのだとしたら、何故今、自分はここにいる?
何故、世界最高峰の財閥のトップに君臨するお嬢様の、それも「専属執事」という破格の地位に収まっているのか。
偶然と言うには、あまりにも出来すぎている。
「……ナギサ」
名を呼ぶミアの声は、震えていなかった。
それどころか、彼女の瞳には、昏い歓喜のような光が宿っている。
「やっぱり、貴方だったのね」
「え……?」
ナギサが顔を上げると、ミアは狂おしいほどの愛おしさを湛えた笑みを浮かべていた。
「白鷺の人間はね、皆、孤独なの。生まれてからずっと、金の亡者達に囲まれて、誰も私自身を見てはくれない。……あの白い部屋で、一人で泣いていた幼い私を見つけるまでは」
ミアの細い指先が、ナギサの頬に触れる。
「あそこは、白鷺に相応しい『壊れない玩具』を選ぶ場所。貴方はいつも問題ばかり起こして、大人達に酷い目に遭わされていた出来損ないだった。でもね、ナギサ。あの場所で唯一、泣いている私に声を掛けてくれたのは、他の優秀な子供達じゃない。ボロボロに傷ついた、貴方だけだったのよ」
ドクン、とナギサの心臓が大きく跳ねた。
忘れていた記憶の海の底から、小さな女の子の泣き声が微かに響いた気がした。
「あの日からずっと、私は貴方を探してた」
「お嬢、様……? ですが、僕は……」
「名前も分からなかった。記憶を消されて、何処に捨てられたかも知らなかった。だから、探したわ。貴方の特徴に少しでも当てはまる男を、世界中から何人も、何十人も集めた。私の『専属執事』という名目でね」
ミアはふふ、と低く笑う。その笑顔は美しく、そして何処か背筋が凍るほどに盲目的だった。
「これまでの執事達はみんな、偽物だった。白鷺の権力に目が眩むか、私を本気で怖がるだけの凡夫。……でも、貴方は違った。私のために完璧な執事を演じながら、その実、魂の奥底で、あの場所で植え付けられた『調教の傷』を疼かせていた。その歪なまでの従順さと頑丈さこそが、貴方が本物である証拠」
ミアの顔が近づく。
お嬢様と執事。その絶対的な身分差を超えて、彼女の熱い吐息がナギサの唇に触れそうなほどに。
「やっと見つけた。私の、たった一人の執事。……もう二度と、逃さないわ」
ナギサの視線が、自然と自分の両手に落ちる。
普通の大学生として生きてきたはずだった。人より少し我慢強くて、どんな理不尽にも感情を乱さない。そんな自分の「長所」だと思っていた性質が、全てあの白い部屋で削り出されたものだとしたら。
(そういうことか……)
知ってはならないことを知ってしまった恐怖で指先が冷たくなっていく。
白鷺の闇。その実験台として消費され、記憶を消されて捨てられた「出来損ない」。それが自分なのだとしたら、何故今、自分はここにいる?
何故、世界最高峰の財閥のトップに君臨するお嬢様の、それも「専属執事」という破格の地位に収まっているのか。
偶然と言うには、あまりにも出来すぎている。
「……ナギサ」
名を呼ぶミアの声は、震えていなかった。
それどころか、彼女の瞳には、昏い歓喜のような光が宿っている。
「やっぱり、貴方だったのね」
「え……?」
ナギサが顔を上げると、ミアは狂おしいほどの愛おしさを湛えた笑みを浮かべていた。
「白鷺の人間はね、皆、孤独なの。生まれてからずっと、金の亡者達に囲まれて、誰も私自身を見てはくれない。……あの白い部屋で、一人で泣いていた幼い私を見つけるまでは」
ミアの細い指先が、ナギサの頬に触れる。
「あそこは、白鷺に相応しい『壊れない玩具』を選ぶ場所。貴方はいつも問題ばかり起こして、大人達に酷い目に遭わされていた出来損ないだった。でもね、ナギサ。あの場所で唯一、泣いている私に声を掛けてくれたのは、他の優秀な子供達じゃない。ボロボロに傷ついた、貴方だけだったのよ」
ドクン、とナギサの心臓が大きく跳ねた。
忘れていた記憶の海の底から、小さな女の子の泣き声が微かに響いた気がした。
「あの日からずっと、私は貴方を探してた」
「お嬢、様……? ですが、僕は……」
「名前も分からなかった。記憶を消されて、何処に捨てられたかも知らなかった。だから、探したわ。貴方の特徴に少しでも当てはまる男を、世界中から何人も、何十人も集めた。私の『専属執事』という名目でね」
ミアはふふ、と低く笑う。その笑顔は美しく、そして何処か背筋が凍るほどに盲目的だった。
「これまでの執事達はみんな、偽物だった。白鷺の権力に目が眩むか、私を本気で怖がるだけの凡夫。……でも、貴方は違った。私のために完璧な執事を演じながら、その実、魂の奥底で、あの場所で植え付けられた『調教の傷』を疼かせていた。その歪なまでの従順さと頑丈さこそが、貴方が本物である証拠」
ミアの顔が近づく。
お嬢様と執事。その絶対的な身分差を超えて、彼女の熱い吐息がナギサの唇に触れそうなほどに。
「やっと見つけた。私の、たった一人の執事。……もう二度と、逃さないわ」



