雨は嫌いですか、私は好きです

 二人は真っ直ぐと見つめてくるのに、その反面で雨音の視線は少しずつ落ちていく。

「その……」

 何と言えばいい。この二人に誤解されなくて、相談として話すにはどうすればいい。
 ありったけの知識を振り絞って言葉を探す。けれど、上手く説明できる自信はなかった。
 それでも、これだけ悩んでも答えが見つかっていないのだから、残された手段は誰かに頼ることくらい。

「……ちょっと、分かんないことがあって」

 あくまでも、自然に。二人には怪しまれないように切り出す。
 机の上においていた手を膝へと移動させ、視線は斜下に落としたまま。
 父と母も箸を置き、静かに雨音を見た。

「学校で……その」

 頭の中に浮かぶ言葉を続けようとして、また言葉が詰まる。
 言いたいこと、悩んでいること、聞いてほしいことは山ほどあるのに、頭の中で整理しきれていないままだった。

「……避けられてる、みたいで」

 やっと出た言葉は、思っていたよりもそのまま雨音の近況を表している。
 自分でも少し驚くくらい、真っ直ぐな物言いだった。
 こんな風に言うつもりじゃなかったのに、気が付けばそう言っていた。

「誰に?」
「……クラスの、子」

 完全に誰であるのかは言わないまま、ぎこちなく言葉を組み合わせて答える。
 それでも、決して嘘ではなかった。

「何かした覚えは?」
「無いと思う。でも、なんか……」

 胸の中の感覚を、そのまま引っ張り出すように言葉を紡ぐ。

「目、合っても逸らされるし……話し掛けても、気付いてないふりされるし。さっきも……その」

 放課後の廊下での光景が浮かぶ。
 呼び止めれば振り返ってくれると思っていたのに、絶対に振り返らなかった背中。
 曲がり角の先で消えてしまった姿。

「……逃げられた、みたいで」

 言葉の最後は、消え入るように少しだけ弱くなった。
 言いながら、自分でその響きを噛み締める。
 “逃げられた”。そう思っていたことに、改めて気付いてしまったのだ。
 少しの間、沈黙が落ちる。
 父と母は、すぐには何も言わなかった。その静けさが、逆に落ち着くのはおかしいのだろうか。

「それで?」
「……なんでか、分かんない。今日ずっと考えてるんだけど、思い当たることなくて」

 膝の上に置いた手をぎゅっと握り、深く俯く。

「なのに……すごい、気になる」

 何が気になるのか。避けられる理由、意識してしまう理由、悩んでしまう理由。
 自分一人では抱えきれない、何か大きなものが重く伸し掛かっているような気がした。

「ずっと考えちゃって。どう思われてるのか、とか。なんで避けられてるのか、とか」

 口を開けば開くほど、止め処なく言葉が溢れ出してくる。

「なんか、分かんないけど……このままなの、嫌で」

 正直な気持ちだった。隠せないくらい、はっきりしたもの。隠せないほど、大きなもの。
 言い終えてから、はっとする。自分が何処まで話したのか、少し遅れて気付いた。
 視線を落とす。テーブルの木目が、やけにくっきり見えた。
 そのまま、何も言えなくなる。
 けれど、さっきまで胸の中に溜まっていた重さは、少しだけ軽くなっていた。 
 しばらくの間、誰も何も言わなかった。
 時計の針の音が微かに聞こえ、食卓の上の湯気がゆっくりと揺れていた。
 その静けさが、さっきまでとは少し違って感じる。
 重たいというよりも、考えるための必要な静けさだった。