雨は嫌いですか、私は好きです

 靴を履き替えると、逃げるように校舎を出る。
 扉を潜った瞬間、さっきまでいた教室とは違う空気に触れて、僅かに肩の力が抜けた気がした。
 外に出た瞬間、空気の温度が少し変わる。
 夕方の空気は、少しだけ冷たかった。
 昼間の暖かさがまだ残っているはずなのに、肌に触れる風は何処かひんやりとしている。
 さっきまでの教室の静けさとはまた違う、薄い冷たさを含んでいた。
 門を出て、いつもの帰り道を歩く。
 見慣れた通学路。
 何度も通っているはずの道。
 舗装されたアスファルトも、並ぶ家々も、何処に何があるか分かっているくらいに馴染んでいる。
 周りには、部活帰りの生徒や、友達同士で話しながら歩く人達。
 自転車を押しながら笑っている人や、コンビニに寄ろうと話しているグループ。
 笑い声や、楽しそうな会話があちこちから聞こえてくる。
 そのどれもが、少しだけ遠く感じた。
 まるで、自分とは関係のない場所で起きている出来事みたいに。
 その中で、雨音は一人だった。
 隣に誰かがいるわけでもなく、声を掛ける相手もいない。
 誰かと歩幅を合わせる必要もなく、ただ自分のペースで歩いていく。ただ、一定の速さで歩き続ける。
 その足取りは、いつもと同じはずなのに、今日は少しだけ重く感じた。
 一歩踏み出すたびに、僅かに足が引っ掛かるような感覚がある。
 理由は分からないまま、そのまま歩き続けて。足を進めながら、ふと立ち止まる。
 無意識に、足が止まっていた。
 遠い視線の先、少し遠回りになる道の先に、昨日一晴に連れられた公園があった。
 見慣れているはずの場所なのに、今日は少しだけ違って見える。

(……なんでこうなるかなぁ)

 昨日、寄った場所。
 雨の音と、一晴の声が残っている場所。
 傘越しに見た景色や、隣にいた気配。断片的な記憶が、静かに浮かんでは消えていく。
 気付けば、足がそちらへ向いていた。意識して選んだわけではなく、自然と。
 自分の家とは真反対の方向なのに、いつもの帰り道から外れているのに、その公園へと足を進める。

「こんなに、広かったっけ……」

 そこにあった公園は、昨日とはまた違う静かさを持っていた。
 雨の気配は無く、地面も乾いている。水溜まりも無く、ぬかるみも無い。
 昨日の雨が嘘みたいに、何も残っていなかった。
 遊具の周りにも人影はなく、ベンチも空いたまま。誰もいない。
 雨音の足音だけが、僅かに砂を踏む音として響いた。

『このままだと、ほんとに帰れなくなる』

 昨日の雨が降る中、二人で座ったベンチが目に入る。正方形のいかにも冷たそうなベンチ。
 迷いもなく休憩所の中に入ると、ベンチに腰を下ろした。
 木の感触が、少しだけ冷たい。
 風が少しだけ吹いて、木の葉が揺れる。さらさらと擦れ合う音が、静かな空間に広がった。