雨は嫌いですか、私は好きです

 改めて、一つ反省しなければならないことがある。
 何でもかんでも人に頼まれて引き受けるべきではない。例え、それが担任の先生やクラスメイトが相手でも。
 言いなりになって引き受ければ、後で絶対に後悔することになるのだから。

「……ねえ」

 一歩を踏み出す度に足元で水飛沫が舞う。すでに、ローファーから足首にかけてはびしょびしょに濡れていた。
 小さな海が広がる足元に視線を落としたまま、ぽつりと声を出す。すると、すぐ傍で布ズレの音が聞こえた。

「首が痛いなら、無理して屈まなくても……いい、ですけど」

 やっぱり目を見て話すことはできそうにない。
 独り言のようにそう言うと、今にも肩が当たってしまうのではないかという距離を保つ一晴が視線を下げた。
 首が寝違えった時、人は傷まない角度で固定する節がある。そういう時は、大抵おかしな態勢になるものだ。
 今の一晴の首は、まさに寝違った時のような不自然な角度になっている。

「いや、大丈夫」
「む、無理しない方が良いと思いますけど……」
「無理してない! ほらっ、ちゃんと前を向けっ———」

 ———グキッ。

「あ゙あ゙っ!!」

 首から発された鈍い音と同時に、一晴がその場で固まる。
 ぴたりと、まるで時が止まったみたいに完全に立ち止まった。半歩先で雨音は振り返る。

「な、成瀬さん?」
「……だいじょうぶ」

 全然大丈夫そうではない声だった。震えているし、目には薄っすらと涙が滲んでいる。
 首を不自然な角度で固定したまま、ゆっくりと雨音を見た。
 いや、見ようとした。首だけが追いつかず、視線が上手く交わらない。

「やっぱり無理してるじゃん……!」
「してないって! ちょっと今、世界が斜めなだけ!」
「それ無理してるから!」

 即答してしまってから、はっとする。一晴の勢いにつられてつい、素で返してしまった。
 項を押さえて引き攣った笑顔を浮かべていた一晴が、驚いた様子で雨音を見る。

「………ぁ………」

 その声を出したのはどちらか分からない。両方かもしれないし、片方かもしれないし、どちらでもないかもしれない。
 そんなことすら分からなくなるくらい、互いに頭の中が真っ白になった。
 今、目が合っている。雨音は、一晴の目を見ている事実に得も言われぬ緊張に似た何かを感じた。