雨は嫌いですか、私は好きです

 残っていた生徒達も教室を出ていき、最後の一人の足音が廊下に消えると同時に、空気がふっと静まり返った。
 扉の閉まる音がやけに大きく響いて、その余韻だけが教室に残る。
 雨音は一人取り残され、少しの間、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 グラウンドの端では、もう部活の準備を始めている生徒達の姿が小さく見える。遠くでボールが弾む音や、誰かの掛け声が、風に乗ってかすかに届いてくる。
 けれど、この教室の中だけが、切り離されたみたいに静かだった。
 やがて雨音は、ゆっくりと視線を下ろす。
 静かに掃除用具入れに歩み寄り、扉を開けて中から箒を一本取り出した。
 柄の部分を軽く握り直してから、教室の中央へ戻る。
 床に落ちた消しゴムのカスや、小さな紙屑。誰かが落としたまま気付かなかったであろうゴミを、ゆっくりと掃いていく。
 しゃ、しゃ、と乾いた音が、一定のリズムで床をなぞる。
 誰もいない教室は、思ったよりも広く感じた。机と机の間の隙間も、黒板までの距離も、いつもより少しだけ遠く見える。
 そんな広く静かな教室に、箒を動かす音だけが小さく響く。その音はすぐに消えてしまうのに、何故か耳に残る気がした。

(一人だ……また、一人だ)

 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
 別に珍しいことではない。今までだって、こうして一人で過ごす時間の方が多かった。
 教室でも、廊下でも。
 誰とも話さずに過ごすことの方が、ずっと当たり前だったはずなのに。
 それなのに、今日は少しだけ違う気がした。
 同じように静かなはずなのに、何処か落ち着かない。

(……なんでだろう)

 理由は分からない。思い当たることがないわけではないのに、それを言葉にすることができない。
 ただ、ほんの少しだけ、静かすぎる気がした。
 さっきまで聞こえていたはずの声や、笑い声がないからかもしれない。
 それとも——。

「違うっ」

 そこまで考えて、雨音は小さく首を振った。
 手を止めることなく、淡々と掃き続ける。やがて教室の隅まで掃き終えて、ゴミを一箇所にまとめた。
 それを手で拾い集めて、袋に入れる。
 しゃがんだ姿勢から立ち上がると、少しだけ足元がふらついた。

(気の所為、気の所為)

 そのまま、ゴミ袋を持って黒板がある方向へ歩き出す。
 部活へ向かう生徒が遠くで話している声が、微かに聞こえていた。その声も、何処か別の場所の出来事みたいに遠い。
 ゴミ箱の前まで歩いて、袋を持ち上げる。軽く結び目を確認してから、そのまま中に落とした。
 かさり、と小さな音がする。
 それだけで、また静けさが戻ってきた。
 ふと顔を上げる。何となく、ただ廊下の方を見ただけだった。