雨は嫌いですか、私は好きです

 ペンを走らせながら、静かにそれをノートに書き写す。
 その時、また何となく視線を感じた。
 さっきと同じような感覚。誰かに見られているような、そんな曖昧な感覚だった。
 雨音はゆっくりと顔を上げる。今度も、感じた視線の先にいるのは一晴だ。
 後ろの席の男子と話しながら、ちらっとこちらを見ている。
 さっきと同じ位置。
 同じような姿勢。けれど、確かにこちらを見ていた。

「小森さん?」

 ほんの一瞬だけ目が合う。けれど、またすぐに視線を逸らされた。まるで、見てはいけないものを見たみたいに。
 一晴が見せたのは、触れた視線を慌てて外すような動きだった。
 雨音は眉間に小さく皺を寄せ、一向にこちらを向こうとしない一晴を睨め付ける。

(……なんで?)

 さっきから少しだけ変だ。
 今までなら、目が合えば普通に笑ったり、何か言ったりするはずなのに。軽く手を振ったり、小さく笑ったり。
 そんな、些細な遣り取りがあったはずなのに。
 今日はそれがない。ただ、一瞬見てすぐに視線を逸らす。

「おーい。小森さんってば」

 まるで、意図的に避けられているみたいだった。

(違う)

 そんな事が浮かんだけれど、雨音は慌ててその考えを振り払う。
 そんなはずない。きっと、ただ授業中だからだ。
 先生も前にいるし、普通に話せる状況じゃないだけ。そう思いながらノートを書き続ける。
 ペン先を紙の上に走らせ、数字を書いて、記号を書いて、また数字を書く。
 けれど、胸の奥には小さな違和感が残っていた。上手く言葉にできない、ほんの僅かな引っ掛かり。
 黒板の数式を写しながら、雨音はちらりと前を見た。
 一晴はもうこちらを見ていなかった。
 さっきと同じように後ろの男子と話しながら、笑っている。その様子は、いつもと変わらないように見えた。
 なのに何故か、さっきまでと同じ景色には見えなくて。

「小森さん、大丈夫?」
「……っ! あ、ふ、藤代君……」
「いきなりボーっとし始めて、何かあった?」
「う、ううん! な、何でもない」

 こんなこと、凌に知られるわけにはいかない。雨音は顔の前で手を振りながら、必死で笑みを浮かべた。
 丁度その時、チャイムが鳴って授業の終わりが告げられる。

「はい、今日はここまで」

 先生がそう言うと、教室の空気が一気に緩んだ。椅子を引く音や、伸びをする声があちこちから聞こえる。
 凌はノートを閉じながら、何も知らない呑気な声を上げた。

「助かった。小森さんいなかったら終わってたわ」

 そう言って、雨音に向き直った凌は自然に笑う。
 雨音は小さく首を振り、ただ苦笑いを浮かべていた。

「……そんなことないよ」

 そう答えながら、雨音はまた前を見る。
 一晴はもう席を立って、後ろの男子と話していた。その間も雨音の方を見ることは、なかった。
 そのことに、理由は分からないまま、胸の奥が少しだけざわついた。