雨は嫌いですか、私は好きです

 昇降口で初めて話し掛けられた日。
 晴れ予報だったのに突然雨が降って、貸出傘で帰った日。
 公園まで寄り道した日。
 その後も、何度も自然に声をかけてくれたこと。それらを思い返すと、胸の奥が少しだけ温かくなる気がした。
 あの時も、今日も、特別なことがあったわけではない。ただ、少し話して、一緒に歩いて、それだけ。

(……不思議)

 ほんの少しだけ、世界の見え方が変わったような気がする。
 クラスの中で誰かと話すこと。
 自分の席以外の場所で笑うこと。
 少し前までの雨音にとっては、どれも遠い出来事だった。
 視線を上げると、隣にいる凌が窓の外をぼんやりと眺めている。昼の光が横顔に当たり、その輪郭を柔らかく照らしていた。
 雨音はその横顔を見つめながら、ふと口を開いた。

「……成瀬君って」

 視線を少しだけ落としながら、雨音は小さく言う。

「優しいよね」
「あいつなりの優しさ、かもね」

 そう言って、肩を落とし少しだけ笑う。
 その笑い方には、どこか昔からの付き合いのような気安さがあった。

「でもたまに面倒くさいとこあるんだよな」
「そうなの?」
「面倒くさいと言うか、鈍感すぎるというか、なんというか」

 凌は頭の後ろを軽く掻きながら、少し困ったように笑う。

「変に考えすぎるとこあるし」
「……へえ」

 雨音は少し意外に思い、無意識の内に呟いた。
 いつも明るくて、何も考えていないように見える一晴。冗談を言って、周りを笑わせて、誰とでもすぐに打ち解けてしまう人。
 けれど、昨日の公園で聞いた話を思い出すと、それだけではないことも分かっている。
 笑っているその裏で、ずっと何かを抱えている人。

(……そうなんだ)

 雨音は小さく思う。
 あんなに明るく振る舞っていても、やっぱり考えすぎてしまう人なのだ。
 少しだけ、胸がきゅっとした。

「基本いい奴だけどね」

 凌はそう言ってから、手に持っていた紙パックをくしゃりと潰した。
 柔らかい音が廊下に響く。

「さて」

 軽く腕を振る。
 廊下の端に置かれているゴミ箱をちらりと見てから、ぽいっと紙パックを投げた。
 弧を描いたそれは、くるりと空中を回り、軽い音を立てて綺麗にゴミ箱の中へ落ちる。
 まるで狙っていたかのような綺麗な軌道だった。
 雨音は思わず目を見開き、その軌道を目で追いかける。

「……すごい」
「え?」

 凌はきょとんと瞬きをし、あまえんの顔を飛び見た。
 その隣で、雨音は真顔で目先のゴミ箱を見つめている。ほんの少し、眼鏡の奥の目が輝いているようだった。

「今の、綺麗に入ったから」
「いや、まあ……そんな感心されること?」
「……ちょっと、すごいと思った」

 その言い方は本当に真面目で、冗談の気配がまったくない。まるで何かの実験結果を報告しているかのようだった。
 凌は一瞬ぽかんとしてから、思わず吹き出した。

「小森さん、そこ?」