雨は嫌いですか、私は好きです

 凌の言葉に、雨音は少しだけ困ったように視線を落とした。

「……そんなことないと思う」

 小さく首を振って否定すると、凌は肩を竦めて見せた。
 雨音に向けていた視線を窓の外へと投げて、やけに砕けた口調で言う。

「そうかなぁ」

 あっさり言い切ってから、深く壁にもたれ掛かった。長い襟足が壁と項に押し潰される。

「まあでも、いいことじゃん」
「……いいこと?」
「うん」

 紙パックをくしゃりと軽く握りながら笑う。

「クラスに馴染んでくるっていうかさ」

 その言葉に、雨音はほんの少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
 自分では気づいていなかったけれど。
 昨日の帰り道から、今日のホームルームまで。確かに、少しずつ何かが変わってきている気がする。

「……藤代君も優しいね」
「え?」

 凌は少し驚いた顔をして、窓の外に投げていた視線を雨音に向ける。

「マジか……小森さんにそんなこと言われると思わなかった」
「そう?」
「い、いや。悪い意味とかでは全然ないんだけど……」

 少し照れくさそうに笑ってから、凌は手に持っていた紙パックを軽く振った。

「小森さんが変わったの、やっぱ成瀬の影響だと思うけどね」
「どうして?」

 またその名前が出て、雨音の胸が少しだけ強く鳴る。
 間髪入れずに雨音が聞くと、凌は「いや」と軽く笑った。

「だって分かりやすいじゃん。最近ずっと一緒にいるし」

 雨音は小さく視線を落とす。
 確かに、ここ最近は一晴と話すことが増えた。
 朝、学校に登校してから先生が来るまで。休み時間やグループ活動の時。昨日は、帰り道まで。
 思い出すだけで、少しだけ胸が落ち着かなくなる。

「成瀬ってさ、ああいう奴だけど、意外と人見てるんだよ」
「……そうなの?」
「ずっと見てきたから、間違いない」

 凌は少し考えるように、わざとらしく顎に手を当てた。

「まあ、基本お調子者だけどね」

 そう言ってから、くすっと笑った。乾いた笑い声が廊下の冷えた空気に溶けて消える。

「でも多分、小森さんのことは結構気に入ってると思う」

 その言葉に、雨音は思わず顔を上げた。
 行き場を失った雨音の視線は、もう凌の横から逸らせない。

「え……?」
「なんていうか……成瀬って、距離の取り方うまいじゃん」
「そう、だね」

 確かにそうだ。一晴は誰とでも自然に話すけれど、無理に踏み込んでくることはない。
 だからこそ、雨音もこうして話せている。

「でも小森さんには、わりと最初から近かった気がする」

 そう言われて、雨音は言葉に詰まった。それは自分でも、なんとなく感じていたことだった。