雨は嫌いですか、私は好きです

 それからしばらく経って、少し休んでから雨音は立ち上がる。
 そろそろ教室へ戻らないといけない。
 中庭を出て、校舎の廊下へ戻る。昼休みの廊下は、思ったより静かだった。
 購買へ行く人やトイレへ向かう人が時々通るくらいで、さっきまでの教室の騒がしさが嘘みたいだ。
 雨音はゆっくりと歩きながら、教室へ向かう。
 その途中。曲がり角を曲がったところで、前から歩いてきた人影と目が合った。

「あ」

 相手も同時に声を上げた。

「小森さん」

 曲がり角から現れたのは、凌だった。
 片手にジュースの紙パックを持ちながら、少し驚いたように立ち止まっている。

「……藤代君」
「一人?」
「うん。中庭で食べてた」
「そっか。なんか小森さんっぽいね」
「そう?」

 ジュースを一口飲みながら、凌は壁に軽く背中を預ける。
 通行人の邪魔にならないよう、雨音も凌に習って壁際に寄った。

「静かなとこ好きそう」

 雨音は少し考えてから、小さく頷いた。

「……落ち着くから」
「分かる」

 凌はあっさりとそう言ってから、少しだけ顔を傾ける。

「小森さんってさぁ……最近、前より楽しそうじゃない?」

 突然そう言われて、雨音はきょとんと目を瞬かせた。
 ズズズっと音を立てて、凌は紙パックの中身を一気に飲み干す。

「……え?」
「なんていうか、クラスでも普通に話してるし。それに、前より、ここにいる感じする」

 雨音は一瞬、言葉に詰まった。
 自分では、あまり意識していなかったこと。けれど、ホームルームでの班で話していた時のことを思い出す。
 クラスメイトと笑っていた時間。あれは確かに、雨音にとっては新鮮なものだった。
 初めて誰かと対等に、周りの顔色を伺わずに関われたから。

(……あれ?)

 確かに、前の自分なら、あんな風にクラスメイト達と話せなかったかもしれない。
 担任の先生を相手にしても、目を見て話すことはできず。
 まともに話せるのは、学校の中では用務員の阿部さんくらいのもの。

「……そうかな」
「多分ね。まあ、成瀬の影響じゃない?」

 その名前が出た瞬間、雨音の心臓が少しだけ強く鳴る。
 何故、ここで一晴の話題に変わるのか分からない。雨音はぎこちなく首を動かして、凌の顔を見上げた。

「どうして?」

 そう聞くと、凌は少しだけ楽しそうに笑った。

「だってさ、最近よく一緒にいるじゃん」

 廊下の窓から、明るい光が差し込んでいた。
 その中で、雨音は上手く言葉を返せないまま、立ち尽くしてしまう。