雨は嫌いですか、私は好きです

 昼休みのチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に緩んだ。
 椅子を引く音、弁当箱の蓋を開ける音、友達を呼ぶ声。いつもの賑やかな昼休みが始まる。
 雨音は鞄から弁当を取り出しながら、教室を見回した。
 クラスのほとんどは、もうそれぞれのグループに分かれている。机をくっつけて話している人達もいれば、購買へ向かう人達もいる。
 その中に、一晴の姿もあった。
 男子の数人に囲まれながら、何か楽しそうに話している。時折、周りの笑い声が少し大きくなるのは、きっと一晴が何か言ったからだ。
 ふと視線が合いそうになって、雨音は慌てて弁当箱に目を落とした。

(……外、行こう)

 そう思い立って、静かに席を立つ。
 弁当を手に教室を出て、廊下を歩き、中庭へと向かった。
 昼の中庭は、思っていたよりも人が少なかった。
 建物に囲まれた小さな空間の中に、いくつかのベンチと植え込みが並んでいる。
 遠くの方で、別のクラスの生徒達が二、三人で話しているのが見えるくらいだった。
 雨音は空いているベンチに腰を下ろし、弁当の蓋を開ける。
 柔らかな風が吹き抜けて、木の葉がさわりと揺れた。何処からか、昼の校内放送の音が小さく流れてくる。
 雨音は空を見上げる。雲一つ無い青い空だった。

(昨日は、あんなに雨だったのに)

 思わず小さく呟きそうになり、直前で言葉を飲み込む。
 その代わり、昨日の帰り道を思い出した。
 公園の屋根の下。
 ベンチ。
 屋根を叩く雨の音。
 そして、

『小森さんの隣って、落ち着く』

 一晴の縋るような落ち着いた声が蘇る。
 思い出した瞬間、胸の奥がまた少しだけ騒いだ。
 あの時の一晴の表情。少し照れくさそうで、でも何処か本音みたいな声だった。
 あれは、どういう意味だったのだろう。
 雨音は箸を止めたまま、ぼんやりと弁当を見つめる。

(……考えすぎ)

 小さく首を振る。そうだ。きっと、あの言葉に深い意味なんてない。
 一晴は誰にでも優しいし、誰とでも自然に話す人だ。あれもきっと、その延長なのだろう。
 そう思うのに。
 何故か、その言葉だけは何度も頭の中で繰り返されてしまう。
 雨音は少しだけ頬に触れる。ほんのり熱い気がした。

(変なの)

 自分で思って、小さく笑う。それから、ようやく箸を動かし始めた。
 弁当の卵焼きを一口食べると、ほのかな甘さが口の中に広がる。
 いつもと同じ味なのに、今日は少しだけ違って感じた。
 風がまた吹いた。
 ベンチの横に植えられた木の葉が揺れ、その影が足元でゆらゆらと動く。
 遠くで誰かの笑い声が聞こえる。
 体育館の方からは、ボールの弾む音も混ざっていた。
 昼休みの学校の音。
 その中にいながら、雨音は何処か別の静かな場所にいる気がした。
 弁当を食べ終える頃には、少しだけ気持ちも落ち着つく。蓋を閉めて、膝の上に弁当箱を置いた。
 もう一度、空を見上げる。
 本当に、いい天気だった。昨日の雨が嘘みたいに、澄んだ空。
 けれど、その青さを見ていると、どうしてか胸の奥が少しだけざわつく。

(……なんでだろう)

 理由は分からない。ただ、昨日の帰り道から、何かが少しだけ変わってしまった気がしていた。
 雨音はベンチに座ったまま、しばらく空を見上げていた。