雨は嫌いですか、私は好きです

 いつの間にか、班の中では「成瀬のいいところを褒めようの会」が開かれていた。
 彼らの何気ない会話を聞きながら、雨音はふと気付く。自分が今、普通にその輪の中にいることに。
 特別なことは何もしていない。ただ机を囲んで、紙を見て、少し話しているだけ。それなのに、不思議と居心地が悪くなかった。

(……成瀬君がいるからかな)

 そう思って、また少しだけ胸が鳴る。
 一晴は、相変わらずクラスの中心にいるような人だ。
 誰とでも話して、自然と周りに人が集まる。呼吸をしているだけで目立つ、そんな人。

(その中に、私も入れてるのかな)

 そんな気がした。
 机の上では、まだ紙を見せ合いながら小さな会話が続いている。
 騒がしい教室の中で、担任が「あと二分ー」と気の抜けた声を上げた。
 その喧騒の中で一晴がふと、雨音の方を見た。目が合う。そして、一晴はほんの少しだけ口元を緩めた。
 小さな笑顔に、雨音の胸はまた静かに騒ぎ始める。 

「はい、時間ー」

 タイマーの音が教室中に響き渡り、それを合図に担任が手を叩いた。

「元の席戻れー」

 教室のあちこちで椅子を引く音が鳴り始める。
 班の四人も机を元に戻し始めた。

「じゃ、小森さんありがと。話してみたら普通に面白いね」
「え、あ……」

 雨音は少し驚きながらも、小さく頷いた。

「こちらこそ……」

 その隣で、男子生徒も軽く手を振る。

「またどっかで同じ班になったらよろしく」
「うん」

 短く返事をすると、二人はそれぞれ自分の席へ戻っていった。
 一晴も椅子を引きながら立ち上がる。
 机を元の場所へ戻してから、ふと雨音の方を見た。

「小森さん」
「……?」
「さっきの紙」

 一晴は軽く振りながら、何処か気恥ずかしそうに言う。

「もう一回、ちゃんと読むから。何回も、擦り切れるくらい」

 そう言って小さく笑った。一晴は笑みを浮かべたまま、自分の席へ戻っていく。雨音はその背中を、少しだけ目で追った。
 やがて教室のざわめきはまた元の形へ戻る。
 雨音も静かに椅子に座り直した。そして、机の上に置いていた紙をそっと手に取る。

『小森さんは、一緒にいると落ち着く』

 その短い一文をもう一度見て、雨音は小さく息を吐いた。胸の奥が、少しだけ温かい。
 窓の外からは、昼に近づく柔らかな光が差し込んでいる。
 雨音はそっと紙を机の中へしまった。

(……少し、楽しかったかも)

 そんな気持ちを胸に残したまま、雨音は静かに前を向いた。