雨は嫌いですか、私は好きです

 感じる胸騒ぎを誤魔化すために、雨音はそっと手元の紙を裏返す。
 一晴が書いた意外と丁寧な文字が目に入った。

『一緒にいると落ち着くところ』

 単純で短い一文。けれど、その言葉を見た瞬間、胸の奥がまた大きく鳴った。

(……また)

 雨が降る公園で聞いた一晴の言葉が、再び頭の中に浮かぶ。

『小森さんの隣って、落ち着く』

 ほとんど同じ言葉。偶然なのか、それとも——……。

「小森さん?」

 不意に声を掛けられて、雨音ははっと顔を上げた。
 向かいの席の女子生徒が、紙を手にしながらこちらを見ていた。

「これ、ありがとう」

 少し照れたように笑う女子生徒の手には、雨音が書いた紙が握られていた。
 これまで一度も関わったことのない彼女の良いところなど知らない。だから適当に「笑顔が素敵なところ」と書いておいた。
 適当なのは目に見えているのに、それでも喜んでいる様子だから、雨音は一瞬戸惑う。

「あ……いえ」

 慌てて首を振り、ぎこちない苦笑いを浮かべた。
 その隣で、もう一人の男子生徒が紙を見て苦笑する。

「俺、“元気そう”って書かれてるんだけど」
「それいいところなの?」
「いや悪くはないけどさ」

 そんな遣り取りに、机の周りで小さく笑いが起きた。
 雨音も、つられて少しだけ笑う。その瞬間だった。

(……あれ)

 ふと、思う。自分がこうしてクラスメイトと共に笑っていることに。
 少し前までなら、こういう時間は苦手だった。
 何を話せばいいのか分からなくて、どう反応すればいいのかも分からなくて。
 だからいつも、必要以上に話さないようにしていた。
 安心して話せる相手なんて、学校ではほとんどいなかった。せいぜい、放課後に偶然会う用務員の阿部さんくらいで。

「小森さん、何書いたの?」
「あっ、ちょ!」

 向かいの女子生徒が興味深そうに聞いてくる。彼女の隣に座る一晴が慌てて止めに入るけれど、すでに手遅れ。
 雨音は少し戸惑いながらも、女子生徒に紙を見せた。

「……これ」

 そこには、さっき書いた文字がはっきりと浮かび上がっている。

『誰よりも頑張り屋なところ』

 この一面は、きっと雨音しか知らない。
 雨音だからこそ書くことができる一文だった。

「へぇ」

 女子生徒が感心した様子で声を出す。ちらりと横にいる一声を見る目には揶揄いが混ざっていた。

「頑張り屋、ねぇ。確かに、成瀬ってそういうとこあるかも」
「毎度毎度補習掛かっても律儀に行ってるしな」

 女子生徒の言葉に、雨音の隣に座っている男子生徒も頷いた。

「それに、なんだかんだ面倒見いいし」

 その言葉に、雨音はちらっと斜め前を見た。
 一晴は紙を机の上でくるくる回しながら、少し照れたように笑っている。

「ちょっと待って」

 肩を竦め、回していた紙を止めて顔を上げた。ほんの少し顔が赤いのは、雨音の気のせいではないだろう。

「なんか急に俺の評価会みたいになってない?」
「だって本当じゃん」

 迷いなく、女子生徒はあっさり言う。