雨は嫌いですか、私は好きです

 三時間目の授業は、四時間目までの二時間連続するホームルームだった。
 担任が黒板の前で出席簿を閉じると、教室を見回して言う。

「今日はちょっと変わったことをやるぞ」

 そう言って配られたのは、三枚の小さな紙だった。
 一人一人にその紙が配られると同時に、クラスの中がざわつく。

「今から四人グループを作って、それぞれのいいところを書き合ってもらう」

 その一言で、さらにざわめきが広がった。

「えー、何それ」
「気まずくね?」
「俺絶対何も書かれないんだけど」

 そんな声があちこちから聞こえる。担任は「静かにしろー」と注意する気のない声を上げた。
 雨音は配られた紙を見下ろし、小さく息を吐く。
 そこには、“グループの人のいいところを書きましょう”と書いてあった。

「この座席表に沿って席に着けよー」

 先生の声が辺りに響き、それを合図に机を動かす音が教室中で鳴り始めた。
 雨音も椅子を少し動かして顔を上げる。
 近くの机を向かい合わせにして、黒板に張り出された座席表に従って生徒達は席に着いた。
 教壇の前に組まれた四つの机の内、二列目の左側の席に雨音は座る。 
 教室の中が静かになった頃、担任がタイマーのスイッチを押した。

「はいじゃあ五分で書くように」

 皆はそれぞれ紙を持って、ペンを走らせ始めた。ペン先が机に当たる軽い音があちらこちらから聞こえてくる。

(いいところ……)

 二枚の紙はすぐに書き終わり、残り一枚を前にして雨音の手は止まった。
 ほぼ無意識の内に、斜め前へと視線は向かう。
 斜め前に座っているのは、ペンをくるくる回しながら頭を抱える一晴だった。
 意味なんてないけれど、どうしてかその横顔から目が逸らせなくて。
 気が付いた時には、視線を感じ取ったのか一晴と目が合っていた。
 一晴は雨音に向かって小さく笑う。揶揄うようでもなく、ただ楽しそうに。
 雨音は慌てて紙に視線を落とした。

(な、なんで笑うの……)

 熱くなる顔を押さえながら、それでもペンを動かす。
 少し考えてから、雨音はゆっくりと丁寧に紙に書いた。

『誰よりも頑張り屋なところ』

 書きながら思う。それが、きっと一晴のすごいところだ。
 誰よりも自分自身と向き合い、誰かに認められるために誰よりも努力した人。
 書き終えて顔を上げると、また視線が合った。一晴は紙をひらひらさせながら小さく言う。

「書けた?」

 雨音は小さく頷き、一晴について書いた紙を裏返す。

「……うん」

 すると一晴は少しだけ身を乗り出した。他の二人も一晴に習って紙を机の中央に並べる。

「じゃ、交換」

 真っ直ぐと紙を差し出され、雨音も自分が書いた文の紙を差し出した。
 指先が少しだけ近づく。ほんの一瞬、触れそうになったけれど触れなかった。
 一晴は紙を見ると、少し目を細めて小さく笑う。

「へえ」
「……何?」

 胸の奥がドキッとして思わず聞くと、一晴は紙を軽く振った。

「俺って小森さんにはこう見えてるんだ」

 そう言って、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
 その笑顔を見た瞬間、雨音の胸の奥が少しだけ騒ぎ始めた。