雨は嫌いですか、私は好きです

 公園での出来事から、あっという間に一夜が明けた。
 翌朝、教室の扉を開けた瞬間、雨音は少しだけ足を止める。
 いつもの教室。
 いつものざわめき。
 窓際では誰かが笑っていて、後ろの席では男子が朝から騒いでいる。
 何も変わっていない。それなのに、どういうわけか、得体のしれない違和感に後ろ髪を引かれた。
 胸の奥が落ち着かない。落ち着かないけれど、その正体は分からない。
 雨音は自分の席へと歩いていく。鞄を机の横に掛けて、椅子に座った。
 隣の席を見る。
 凌はまだ来ていない。
 その代わりに、少し離れた場所、教室の中央辺りで見慣れた姿が目に入った。

「だからさ、それ絶対俺のせいじゃないって!」

 明るい声。少し大きめで、楽しそうに笑う声。
 そこの中心にいるのは、皆の人気者の一晴だった。周りにはクラスの男子が何人か集まっていて、誰かが「いやお前のせいだろ」と突っ込みを入れる。
 一晴は大げさに肩を竦めて笑った。その光景は、いつもと何も変わらない。
 明るくて。
 誰とでも話して。
 自然と人が集まる。
 クラスの中心にいる、成瀬一晴。

(……普通だ)

 昨日、公園であんな話をしたのに。今はまるで、何もなかったみたいに笑っている。
 雨音は自分の机の上に視線を落とした。

(私だけ……気にしてるみたい)

 昨日のベンチ。
 屋根の上で鳴り続けていた雨の音。

『だから……小森さんの隣って、落ち着く』

 思い出した瞬間、顔が熱くなった気がした。

(落ち着くって……)

 あれは、どういう意味だったのだろう。
 ただの友達としてなのか。
 それとも——……。

「おはよ」

 不意に声が降ってきて、雨音はびくりと肩を揺らした。
 顔を上げる。机の横に立っていたのは、一晴だった。
 相変わらず気の抜けた笑顔。片手をポケットに突っ込みながら、軽く首を傾げている。

「小森さん、今日遅かったね。いつもならもう本読んでるのに」

 いつもの調子。
 それだけなのに、心臓が急に強く鳴り始めた。

「お、おはようございます」

 慌てて答えると、一晴は少しだけ目を細める。

「……あれ?」

 一晴は小さく呟き、意地悪く首を傾げて笑みを浮かべる。
 その仕草を見せる理由が雨音には理解できず、きょとんと目を瞬かせた。

「何ですか?」

 一晴は少し考えるように眉を寄せ、それからふっと笑った。

「いや。昨日、敬語やめるって言ってなかったっけ?」

 その一言で、雨音の思考が一瞬止まった。
 完全に忘れていた。いや、正確には覚えていたけれど。意識しすぎて、どうすればいいのか分からなくなっていたのだ。
 一晴はその様子を見て、小さく笑う。

「まあ別にいいけど」

 机の縁に軽く手を置きながら続ける。

「でもさ、昨日の約束、もう忘れたのかと思った」

 わざとそうさせているのかと思うほど、雨音の胸がまた大きく鳴った。