雨は嫌いですか、私は好きです

 励ましたい。
 否定したい。
 そんなことないと言いたい。
 けれど、その言葉はきっと一晴には届かないのだと、雨音はもう分かっていた。それは、他人が簡単に埋められる傷じゃないと。

「……あの」

 これまでも、今も、雨音が声を出せば、一晴はすぐに視線を向ける。
 すぐ傍から視線を感じた雨音は、真っ直ぐにと一を見た。

「私に」

 胸がどきどきと激しく鳴っても、決して一晴から視線を逸らさない。

「何かできることはないですか?」

 過去を変えることも、過去に戻ることもできない。
 それでも、成瀬一晴という一人の人間の裏を知ってしまった者として、手を差し伸べたかった。
 寂しく帰ろうとしていた雨音に、昇降口の前で話し掛けた一晴のように。
 雨音がそう言うと、一晴は一瞬目を瞬いた。

「え?」
「力に……なりたいです」

 自分でも驚くくらい、はっきり言葉が出た。

「何か、出来ることがあるなら」

 沈黙が落ちた。一向に止む気配のない雨音だけが辺りに響いている。
 一晴は少しの間、雨音を見つめていた。それから、ふっと、肩の力を抜いて笑う。

「……小森さんって優しいね」

 ほんの少しだけ、意地悪そうに目を細めた。

「じゃあさ、その“成瀬さん”呼び、辞めてよ」

 雨音がきょとんと瞬きを繰り返す。脳内でゆっくりと言葉を反芻するが、理解できずに通り過ぎていく。
 首を傾げた雨音の口からは、情けない声が溢れた。

「え……?」
「なんか距離あるじゃん、それ」

 雨音は動揺を隠すことすら忘れ、辺りに視線を散漫させながら頭の中をグルグルと回転させた。
 これまで無意識の内に“成瀬さん”と呼んでいて、それが当たり前だったわけで。
 今更辞めろと言われてどう呼べばいいのだと問い返す余裕なんて、今の雨音にはあるはずもなかった。

「で、でも……」
「あと敬語も」
「えっ」
「それも辞めて」

 一晴はみるみる内に動揺が表情に現れる雨音の様子を楽しげに、それでいてほんの少し悲しみが混ざる目で見ていた。

「それが出来たら」

 少しだけ優しい声になったかと思うと、ずいっと顔を雨音に近づける。
 細められた目は真っ直ぐと眼鏡の奥の雨音の目を見ていた。

「力になってくれてるってことで、いいよ」