雨は嫌いですか、私は好きです

 雨は、さっきよりも少しだけ強くなっていた。
 透明なビニール傘の上で、雨粒がぱたぱたと音を立てる。
 その音に混ざるように、二人の足音が静かな住宅街に続いていく。
 しばらくの間、どちらも何も言わなかった。
 沈黙が気まずいわけではないけれど、言葉を探しているような、少しだけ不思議な空気が流れている。
 やがて、一晴がふっと小さく笑った。

「なんかさ」

 雨音が横を見ると、一晴は前を向いたまま口元を緩めている。

「今日、静かだね」
「……そうですか?」
「うん。小森さん、いつもより喋ってない」

 そう言われて、雨音は少し困ったように目を伏せた。

「……そうかもしれません」
「なんかあった?」

 軽い調子の問い掛けだった。けれど、雨音は一瞬だけ返事に詰まる。
 昼休みに凌から聞かされた話が、どうしても頭を過るからだ。
 凌の話を思い返す度に、胸の奥が少しだけざわつく。
 けれど、それを口にするわけにはいかない。そう自分自身に言い聞かせるためにも、雨音は小さく首を振った。

「いえ……その」

 少し迷ってから、別の言葉を探す。
 そして、ちょうど良く、午前中にあった歴史の授業での時間を思い出した。

「今日、歴史の小テストが返ってきたじゃないですか」
「うん」
「成瀬さん、補習だって先生が言ってたので」

 雨音がそう言うと、一晴は「あー」と気の抜けた声を出した。

「聞いてた?」
「……はい」
「いやー、やっぱり?」

 全く落ち込んだ様子もなく、一晴は肩を竦める。
 苦笑を零す一晴の傍ら、雨音はテスト返しの時と同じ不安を感じた。

「もうさ、最近は驚きもないよね。あ、またかーって感じ」
「でも……大変じゃないですか?」
「補習?」
「はい」

 一晴は少し考えるように視線を上げ、それからふっと笑った。

「まあ、慣れたかな」
「慣れるものなんですか?」
「慣れる慣れる」

 軽い口調でそう言う。その様子があまりにもいつも通りで、雨音は少しだけ安心した。
 けれど同時に、胸の奥に引っ掛かるものも残っている。
 昼休みに凌から聞いた話での、真面目で、勉強も運動も完璧で、笑わなかった一晴の存在。
 それを、雨音はまだ想像できない。
 ふと視線を横に向けると、一晴と目が合った。

「ん?」
「……いえ」

 慌てて目を逸らす。あまりにも不自然すぎたと思うが、今更思ったとて後の祭り。
 一晴は少し不思議そうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。
 二人はそのまま駅へ続く道を歩いていく。