雨は嫌いですか、私は好きです

 昇降口の前で待ち始めてから、どれくらい時間が過ぎただろう。
 外では、雨が静かに降り続いていた。
 最初はぱらぱらと控えめだった雨音も、いつの間にかはっきりと聞こえるほどになっている。
 帰る生徒達は次々に昇降口を通り過ぎていった。
 傘を開く音。濡れた地面を踏む足音。友達同士の賑やかな声。
 それらが少しずつ減っていく。

(……まだかな)

 そんなことを考えてしまった自分に、雨音は小さく眉を寄せた。

(だから、なんで待ってるの)

 何度も自分に言い聞かせる。
 別に、待ち合わせしているわけじゃない。ただ、たまたまここにいるだけ。
 そう思おうとしても、胸の奥のざわめきは消えてくれなかった。
 何度か帰ろうと思って足を踏み出し、けれど結局引っ込める。そんなことを繰り返している、その時だった。
 廊下の奥から、誰かの足音が近づいて来る音が聞こえた。

「はぁ……」

 小さく溜息を吐く声が遅れてやって来る。それは、雨音にとって聞き覚えのある声だった。
 雨音の肩が、ぴくりと揺れる。
 視線を上げると、廊下の向こうから歩いてくる人影が見えた。
 少し猫背気味で、気だるそうに頭を掻きながら歩いてくる男子生徒がいる。

(……成瀬さん)

 胸がどくんと鳴った。
 一晴は昇降口へ向かって歩いてくる。けれど、その視線は足元に落ちたままで、雨音にはまだ気付いていない。
 このままだと、きっとそのまま通り過ぎる。
 声を掛けなければ、そう思うのに。

(……どうしよう)

 喉の奥がきゅっと詰まり、昼休みに聞いた話が頭を過る。

『あいつ、まだ無理してるなって』

 小学生の頃から一晴のことを知っている凌だからこそ、心配してしまう気持ちは拭えない。
 窓の外を見る悲しげな横顔を見れば、他人でしかない雨音ですら思ってしまう。

『小森さんといると、ありのままでいられるんだよね』

 あの時は、自由奔放な一晴のことだから冗談を言っているのだと気にも留めなかった。
 けれど、凌の話を聞いてからは、その言葉の意味が変わる。
 いろんな言葉が重なって、雨音の胸の奥は落ち着かなかった。
 それでも、一晴は、もうすぐ目の前まで来ていた。

(……今、言わないと)

 勇気を振り絞るため、雨音は小さく息を吸った。

「……成瀬、さん」

 声に出した瞬間、自分でも驚くほど小さな声だった。
 けれど、一晴の足が昇降口の前の階段で、ぴたりと止まる。

「……え?」

 驚いたような声が遅れて雨音の耳に届いた。
 通り過ぎかけていた一晴が、ぱっと振り返る。辺りを彷徨っていたその目が、雨音を見つけた。

「小森さん?」