雨は嫌いですか、私は好きです

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、教室のざわめきがゆっくりと落ち着いていく。
 生徒達は席へ戻り、教科書を広げる音や椅子を引く音が重なった。
 雨音も机の上にノートを出しながら、ぼんやりと黒板を見つめる。
 けれど、授業が始まっても、頭の中はまるで別の場所にあった。

(……成瀬さん)

 視線を上げれば、教室の教卓の前にその背中が見える。
 何人かの男子とまだ話していて、笑い声が小さく上がっていた。
 いつもと同じ光景。明るくて、楽しそうで、周りには自然と人が集まっている。
 そこにいるのは、クラスの中心にいる成瀬一晴だった。

(無理、してる……のかな)

 昼休みに聞かされた凌の話が、頭の奥で静かに響く。
 あんな風に笑っている姿を見て、無理をしているようにはとても見えない。
 それなのに、あの話を聞かされてしまうと、今度は逆に気になってしまうというもの。
 本当に、そうなのだろうか。
 あの笑顔の何処かに、無理があるのだろうか。
 そんなことを考えている内に、ふと視線が合いそうになって、雨音は慌ててノートへ目を落とした。

(……何してるんだろ)

 自分でもよく分からない。
 さっきまで知らなかったことを、少し知っただけなのに。
 それなのに、胸の奥が妙に落ち着かない。
 雨音は小さく息を吐くと、そっと隣に目を向けた。
 凌の席。そこには、机に頬を押し付けるようにして眠っている彼の姿があった。
 腕を枕代わりにして、完全に寝息まで立てている。
 まるで、昼休みに話していたことなど最初からなかったかのように。

「……」

 雨音は一瞬だけ言葉を失った。
 さっきまであんな話をしていた人とは思えないほど、呑気な寝顔だった。
 先生が教室に入ってきても、凌は全く起きる気配がない。
 結局、授業が始まってもそのままだった。
 黒板にチョークの音が響き始める。
 教科書を開く音。ページを捲る音。教室はいつもの授業の空気に戻っていく。
 それなのに、どうしてか雨音だけがそこに上手く戻れないでいた。
 ノートを開いても、黒板の文字が頭に入ってこない。何度も同じ行を目でなぞるだけ。
 視線が、また教卓の前へ向かう。
 一晴の背中。誰かの言葉に肩を揺らして笑っている。
 その様子は、やっぱりいつもと同じだった。同じ、はずなのに。

(……違って見える)

 ほんの少しだけ。ほんの少しだけ、違って見えてしまう。
 雨音は小さく唇を結ぶと、視線を机の上へ落とした。
 窓の外では、相変わらず強い日差しが校庭を照らしている。
 それでも、雨音の胸の中には、まだ昼休みの言葉が静かに残り続けていた。