「めちゃくちゃ真面目だったからこそ、変わっちゃった」
凌の言葉は、そこで途切れた。まるで続きを言うかどうか迷っているように、彼は窓の外へ視線を戻す。
渡り廊下の向こうには、眩しいほどの青空が広がっていた。
そんな青空を雨音も同じ様に見るけれど、何も言えない。
頭の中で、今まで見てきた一晴の姿がゆっくりと浮かんでは消えていく。
教室の中心で笑っている姿。
周りの男子に肩を叩かれて笑い返している姿。
小テストを見て「終わった」と大げさに嘆いていた姿。
そして、雨の日の帰り道でだけ見せた苦しげな姿。
傘の下で、何処か気の抜けた声で話していた一晴。
(……全然、違う)
凌の言う「昔の成瀬」と、雨音の知っている一晴は、まるで別人のようだった。
本当に、同じ人なのだろうか。
そんな疑問が浮かぶほど、話はかけ離れている。
それなのに、凌の横顔を見ていると、冗談を言っているようには見えなかった。
むしろ、何処か寂しそうにすら見えて。
風が吹き込み、凌の襟足が揺れる。彼はそのまま腕を組み、廊下の床をぼんやりと見下ろした。
「……まあ、俺が言うのも変なんだけどさ。あいつ、頑張ってんだよ」
その言葉は、責めるようでもなく、庇うようでもなく。
ただ、昔から知っている人間だけが零せるような、複雑な響きを含んでいた。
雨音は小さく息を呑み、凌の言葉を反芻する。
頑張っている。
その言葉が、妙に胸に引っ掛かった。
凌の言い方は、まるで“無理をしている”と言っているみたいだったから。
「……藤代君は」
気付けば、雨音は小さく声を出していた。
「今の成瀬さんが、嫌なんですか?」
自分でも驚くほど静かな声だった。
凌は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑う。
「嫌っていうか……俺は、前のあいつも知ってるからさ」
そこで一度言葉を区切り、そのまま投げやりに視線を窓の外に向けた。
「……ちょっと、寂しいだけ」
短くそう言った後、凌は肩を竦めて続ける。
「まあでも、別に今が全部嘘ってわけでもないと思う」
軽く付け足すように言い、力ない小さな笑みを浮かべる。
けれど、その言葉を聞いても雨音の胸のざわつきは消えなかった。
むしろ少しだけ強くなる。
(……成瀬さん)
自分の知らない時間を、彼は確かに生きてきた。
笑わなかった頃の一晴。
人を遠ざけていた頃の一晴。
そんな姿を雨音は想像することすらできない。
それでも、あの日、傘の下で言われた言葉だけは、はっきりと思い出せた。
胸の奥が、少しだけきゅっと締めつけられる。
俯く雨音の隣で、凌は静かに息を吐いた。
「……でさ」
彼はもう一度、雨音の方を見た。
「なんで変わったのかって話なんだけど」
その声音は、さっきよりも少しだけ低かった。



