雨は嫌いですか、私は好きです

 始まりは、単なる偶然でしかなかったとしても。
 ちょっと気になってしまった。成瀬一晴という一人の人間が、何故あんなにも勘違いしてしまう言葉を言ってきたのか。
 凌の言う、変わる前の一晴について。

「それじゃあ、これから俺が言うことは本人には内緒ってことで。バレたら俺締められちゃう」
「も、もちろん……言いません」

 迷いなく雨音が頷くと、凌は満足げに笑って手招きをする。
 つられるまま雨音は彼の隣に寄り、同じ様に窓辺に背を預けた。

「じゃあ、まず。小森さんに聞くけど、小森さんには成瀬はどんな奴に見える?」

 一年生の頃は存在すら知らなかった人。
 二年に進級して同じクラスになったことをきっかけに知った人。
 雨音は普段の学校生活の中で見る一晴を思い出しながら、ぽつりぽつりと言葉を探した。

「よく笑って、クラスの中心にいて、皆の人気者?」
「だね。俺もそう思う」
「……藤代君?」

 声音こそ明るいけれど、凌は力なく俯くなり深い溜息を吐いた。

「俺の知ってる中学までの成瀬はさ……あんな奴じゃなかったんだ」

 あんな奴。
 その言葉に凌がどれだけの想いを込めているのかなど雨音には分かるはずもない。
 凌の声音が沈むのも、彼の口から溜息が零れ落ちる理由も、何も。

「高校に入るまでのあいつは、全然笑わねぇし、人と関わること嫌うし、言っちゃえば今と真反対だった」
「成瀬さんが?」
「うん。いわゆるガリ勉ってやつ。あ、そうそう。今の成瀬って補習常習犯って言われてるけど、中学までは定期テストで一位常連だったんだよ」

 雨音は思わず「あの成瀬さんが?」と言ってしまいそうだった。
 喉まで出掛かった声を直前で抑え込み、平静を装う。それでも、驚きに開いた目は中々閉じられない。

「勉強、運動、何をやらせても全部を完璧に熟しちまう。悪いところなんて、無愛想な性格くらいだって周りからはよく言われてたなぁ」

 最早、雨音は話の途中で首を突っ込むこともできず、ただ黙って耳を傾けていた。
 凌が嘘を吐いているとは思えないし思うつもりもない。
 彼が雨音に対して嘘を吐く必要なんてないのだから。ましてや、それが一晴についてであれば尚更のこと。
 それでも、凌の口から語られる雨音の知らない“変わる前”の一晴は想像すらままならないものであった。