雨は嫌いですか、私は好きです

 凌はそれ以上、詮索しようとはしない。
 窓の外に視線を投げたまま、少しの間外の景色を見ていた。

「小森さんってさ」

 このまま先に教室に戻ってしまおうかと雨音が思い始めた時、やけに沈んだ凌の声が聞こえた。
 渡り廊下の窓辺に背を預け、外を見ていた凌は不意に雨音へと視線を向ける。

「成瀬のこと、どのくらい知ってる?」
「え?」

 咄嗟に雨音が顔を上げると、凌は少し目を細めて微笑みを作った。
 その微笑みを見ていた雨音は少し考えてから、小さく首を振る。

「……全然、知りません」
「一緒に帰ってるのに?」
「約束をして一緒に帰ってるわけじゃない。それに、普段はほとんど話さないし」
「あれ、てっきり二人で待ち合わせしてるのかと思ってた」
「そ、そんなわけっ!」

 突拍子もないことを凌が言うものだから、雨音は自分でも驚いてしまうほどの大声を出していた。
 
「待ち合わせしてない割に、成瀬は楽しそうだけどね」
「そ、それはどういう……」

 戸惑いを隠せない雨音の反応が面白いのか、凌はくすくすと肩を揺らして笑う。
 つくづくマイペースな人だと思う反面、何を考えているのかよく分からない人だとも雨音は思った。

「俺さ、成瀬とは小中高とずっと同じ学校通ってんの。中学は三年間同じクラス、まあ今もだけど。そんで俺からしてみれば、友達って言えるのはあいつくらいだから知ってるんだ」

 半開きになった窓から風が入り込み、凌の長い襟足を揺らす。
 もう一度窓の外に視線を投げた凌の横顔は、ほんの少しだけ悲しげに雨音の目に映った。

「高校に入って変わる前の、あいつのこと」

 ずんと、何かか重く伸し掛かる感覚が雨音を襲った。

「教えてあげよっか。小森さんが知らない、成瀬のことを」

 突然向けられた言葉に、雨音はすぐには返事ができなかった。

(成瀬さんのこと……?)

 知らない、と自分で言ったばかりだ。それなのに、胸の奥が妙にざわつく。
 知る必要なんて、本当はないはず。
 ただ雨の日に、たまたま一緒に帰るだけの関係。普段の教室では、ほとんど話すこともない。
 それなのに、傘の下で聞いた言葉が不意に頭を過った。

『小森さんの隣、落ち着くんだよね』

 あの時の声、あまりにも自然で冗談には聞こえなかった。
 もし、凌の言う“変わる前”があるのだとしたら。
 自分が見ている一晴は、その一部でしかないのだろうか。
 知ってしまったら、今までと同じように接することができなくなるかもしれない。
 それでも、そうだとしても、雨音はゆっくりと顔を上げた。

「……知りたい、です」