雨は嫌いですか、私は好きです

 昼休みということもあって、教室棟からも管理棟からも離れている渡り廊下は人気が無い。

「そういえばさ」
「……?」

 雨音が顔を上げると、凌は前を向いたまま言った。

「最近、成瀬と帰ってないみたいだけど、何かあった?」

 心臓が一つ大きく跳ねた。
 それは、あまりにも自然過ぎる声で。噂話をするような調子でも、揶揄うような気配でもない。
 ただ、本当に思い出したことを聞いただけのような声音だった。

「……」

 雨音は瞬時答えることができず、渡り廊下の真ん中で立ち止まる。
 どうして凌が、雨の日に一晴と一緒に帰っていたことを知っているのだろう。
 一体、いつの間に見られていたのだろう。
 胸の奥が少しだけざわつき、次から次へと疑問が湧き上がる。

「な、なんでそれを……?」
「ん? ああ、俺美術部入っててさ。ほら、ちょうど美術室から昇降口が見えんの。文化部は雨とか関係ないから、普通に部活あって」
「び、美術部なんだ」
「とは言っても、絵なんて大して上手くもないけどね。雨の日ってなんか帰るのが面倒だから、よく絵を書かずに美術室で暇潰ししてる時に偶然見ちゃったってわけ」
 
 凌の言う通り、渡り廊下の窓からは、昇降口とその向かいの美術室の窓が見下ろせる。
 昇降口や廊下に他の生徒がいないと思いこんでいたが、思いもよらぬ位置から見られていたらしい。

「……ご、ごめん。盗み見てるみたいで嫌だよね」
「別に」
 
 普段から伏せ目がちな目を大きく開けて、凌は動揺を見せる。
 そんな彼の反面、雨音は足元に落としていた視線を斜め前に向けた。
 やっと出てきた声は、小さくて頼りない。

「何も、ないから……謝らなくても」

 何もない。本当に、何もない。
 一晴との間に特別な関係があるわけでも、特別な理由があるわけでもない。
 ただ、向こうが傘を忘れて困ってい所に雨音が偶然鉢合わせて、半ば強引に駅まで送り届けただけ。
 それだけの関係でしかない。

「ただ……」

 一瞬だけ言葉に詰まり、

「……雨、降らないので」

 それだけを言った。
 凌はすぐには何も言わず、少しだけ間を開けてから、

「そっか」

 とだけ、短く答えた。