いつからか、雨は降らなくなってしまった。
テレビをつければ、天気予報で梅雨明けが報告される。それは誰しもが喜ぶことだ。
けれど、どうにも雨音は素直に喜ぶ気分にはなれなかった。
朝のホームルーム。
窓の外には、雲一つない青空が広がっている。教室には夏の光が差し込んでいて、黒板の文字まで眩しく見えた。
「……」
雨音は何とはなしに、教室の中央へ視線を向ける。
そこにいるのは、いつものように周りと話している一晴。笑い声が上がり、何人かの男子が机を囲んでいる。
一瞬だけ視線が止まるが、すぐに目を逸らした。
(……何見てるんだろ)
自分でも理由が分からない。ただ、無意識に探してしまうだけ。
そのくせ、もし目が合ったらどうしようと思うと、今度は急に視線を上げられなくなる。
「小森、小森」
「……っ! あ、羽馬先生」
びくりと肩を揺らして顔を上げると、教壇の前に立つ羽馬先生と目が合った。
いつの間にか数学の授業は終わっていたらしい。教室のあちこちでは椅子が引かれる音がしている。
「ぼーっとしてるところ悪いんだが」
羽馬先生はそう言いながら、手にしていた紙の束を机の上に置き軽く叩いた。
「これ、職員室まで持って行ってくれないか? この後生徒指導が入っているもんで、職員室に行く暇がなくてな」
見れば、プリントが何十枚も重なっている。次の授業で使うらしいものや、回収された課題のようなものまで混ざっていた。
突然名前を呼ばれて戸惑ったものの、雨音はすぐに小さく頷く。
「……はい。いいですよ」
断る理由も、特に思いつかない。
「悪いな。結構あるんだが」
「大丈夫です」
雨音は席を立ち、机の上のプリントを両手で抱え上げる。思っていたよりもずっしりと重かった。
紙の端が腕に当たって、少しだけ滑りそうになる。
「落とすなよー」
冗談めかして羽馬先生が言う。
「……気を付けます」
小さく答え、雨音はくるりと向きを変えた。羽馬先生は忙しない様子ですぐに教室を出ていく。
その時、ふと視界の端に人影が入った。
教室の中央。一晴が、男子達に囲まれて何かを話しているところだった。
「それ絶対無理だって」
「いや、いけるって」
そんな声が聞こえてくる。相変わらず楽しそうで、周りの笑い声も大きい。
あやとり一つでそんなにも盛り上がれるのは、ある意味一晴の才能なのかもしれない。
雨音はほんの一瞬だけそちらを見た。けれど、すぐに視線を落とす。
(……別に)
見たところで、どうなるわけでもない。
プリントを抱え直し、静かに教室の後ろの扉へ向かった。
がらり、と引き戸を開ける。
廊下に出ると、教室のざわめきが少し遠くなった。昼休み前の廊下には、まだ人の行き来が少ない。
腕の中の紙束を落とさないように気をつけながら、雨音はゆっくりと歩き出す。
職員室までは、いくつか角を曲がらなければならない。
(早く行って戻ろう)
そう思いながら、最初の曲がり角へ差し掛かった。
テレビをつければ、天気予報で梅雨明けが報告される。それは誰しもが喜ぶことだ。
けれど、どうにも雨音は素直に喜ぶ気分にはなれなかった。
朝のホームルーム。
窓の外には、雲一つない青空が広がっている。教室には夏の光が差し込んでいて、黒板の文字まで眩しく見えた。
「……」
雨音は何とはなしに、教室の中央へ視線を向ける。
そこにいるのは、いつものように周りと話している一晴。笑い声が上がり、何人かの男子が机を囲んでいる。
一瞬だけ視線が止まるが、すぐに目を逸らした。
(……何見てるんだろ)
自分でも理由が分からない。ただ、無意識に探してしまうだけ。
そのくせ、もし目が合ったらどうしようと思うと、今度は急に視線を上げられなくなる。
「小森、小森」
「……っ! あ、羽馬先生」
びくりと肩を揺らして顔を上げると、教壇の前に立つ羽馬先生と目が合った。
いつの間にか数学の授業は終わっていたらしい。教室のあちこちでは椅子が引かれる音がしている。
「ぼーっとしてるところ悪いんだが」
羽馬先生はそう言いながら、手にしていた紙の束を机の上に置き軽く叩いた。
「これ、職員室まで持って行ってくれないか? この後生徒指導が入っているもんで、職員室に行く暇がなくてな」
見れば、プリントが何十枚も重なっている。次の授業で使うらしいものや、回収された課題のようなものまで混ざっていた。
突然名前を呼ばれて戸惑ったものの、雨音はすぐに小さく頷く。
「……はい。いいですよ」
断る理由も、特に思いつかない。
「悪いな。結構あるんだが」
「大丈夫です」
雨音は席を立ち、机の上のプリントを両手で抱え上げる。思っていたよりもずっしりと重かった。
紙の端が腕に当たって、少しだけ滑りそうになる。
「落とすなよー」
冗談めかして羽馬先生が言う。
「……気を付けます」
小さく答え、雨音はくるりと向きを変えた。羽馬先生は忙しない様子ですぐに教室を出ていく。
その時、ふと視界の端に人影が入った。
教室の中央。一晴が、男子達に囲まれて何かを話しているところだった。
「それ絶対無理だって」
「いや、いけるって」
そんな声が聞こえてくる。相変わらず楽しそうで、周りの笑い声も大きい。
あやとり一つでそんなにも盛り上がれるのは、ある意味一晴の才能なのかもしれない。
雨音はほんの一瞬だけそちらを見た。けれど、すぐに視線を落とす。
(……別に)
見たところで、どうなるわけでもない。
プリントを抱え直し、静かに教室の後ろの扉へ向かった。
がらり、と引き戸を開ける。
廊下に出ると、教室のざわめきが少し遠くなった。昼休み前の廊下には、まだ人の行き来が少ない。
腕の中の紙束を落とさないように気をつけながら、雨音はゆっくりと歩き出す。
職員室までは、いくつか角を曲がらなければならない。
(早く行って戻ろう)
そう思いながら、最初の曲がり角へ差し掛かった。



